牙の向く先ー8
──薬師の家。
棚には薬草と魔導薬の瓶が並び、中央の机には血のついた牙。
その隣には、乾いた薬瓶。ラベルは剥がれ、成分は毒物と判明している。
「この瓶、薬師が調合したものじゃない。あなたがすり替えた。違う?」
リルは机の前に立ち、ヴァルドを見据える。
ヴァルドは椅子に腰を下ろし、口元に薄く笑みを浮かべる。
「証拠はあるのかね?隊長殿」
リーンが背後から静かに言う。
「薬師が違うって証言してる。お前がもし、しらばっくれるなら調合履歴を提出してくれるようだ」
リルが一歩踏み出す。
「……あなた、ブランドンさんとも言い合いしてたそうじゃない。目撃したって人がいるわ」
ヴァルドは冷笑する。
「ふんっ。あやつが魔物のケガを治すなどと言うからだ」
リルの拳が震える。
「……彼らには生きる権利がないと、まだ言うつもりなの……。なんの危害も加えてないあの子と母親をっ」
ヴァルドは目を細め、吐き捨てるように言った。
「なんの危害も加えてない? 馬鹿を言うな。視界に入ること自体、不快感を与えているのだっ。……私にとっては、それも危害となる」
リーンが一歩前へ出る。
「なんだそれ……。ブランドンさんは自分の納屋で母親を治療していただけだ。そこへ……お前が勝手にっ、自ら、彼らに近づいたんだろっ。ケガをしたナイトファングの母親とその子供をっ、お前が殺そうとしたんだろうが!」
沈黙。ヴァルドは言葉を返さない。
「…………ははは」
だが、次の瞬間、微かに笑うと、真っすぐにリーンへ視線を向けた。
「そうだ。……今もこうなっていなかったら、子供も殺していた所だろう。……あの魔物どもが村にいる限り、人々は迷う。“心があるかもしれない”などと、くだらない幻想に縋る。それを断ち切るには、犠牲が必要だったということだ」
リルが言葉を失う。
リーンは黙ってヴァルドを見つめていた。
「ブランドンは、愚かだった。魔物を匿い、薬を求め、身を挺してまで守ろうともしていた。渡した毒で弱れば、後は放っておけば死ぬ。ブランドンまで死ぬことはなかったというのに……」
ヴァルドは机の上の牙に目を落とす。
「だから、夜にブランドンの家へ忍び込んだ。この凶器を使い、魔物の仕業に見せかけてブランドンを殺せば魔物も処分される。あの時、ブランドンを庇うように母親に噛まれはしたが…それも計算のうちだ。傷を見せれば、村の人間や兵士たちは魔物がやったと信じる」
リーンが低く呟く。
「そこまで、魔物を疎んでるってのか……」
「そうだ。恐怖は秩序を生む。人々は、見えない“敵”を恐れることで、私の言葉に耳を傾ける。それが、正しい村の形だ」
リルの拳が震える。
「その、しょうもない“秩序”のために、罪もない命を弄んだというの……」
ヴァルドは微笑を浮かべたまま、静かに言った。
「魔物は排除対象でしかない。その理には従うべきだ。……感情に流される愚か者は、いずれ滅びる」
その言葉に、リーンは机に両手を付き、真っすぐにヴァルトへ視線を合わせる。
その瞳は、静かに怒りを湛えていた。
「分かったような口をきくな。俺の目には……お前こそ……排除対象の“魔物”そのモノに映っている。……仮に、お前が言う思想がこの世に浸透し、魔物が全て排除されたなら……次に排除されるのは、間違いなく、お前だ……ヴァルト」
リーンの視線を真っすぐに受け、ヴァルドは沈黙する。
依然、張り付いていたその不気味な笑みに、わずかな揺らぎが見える。
「ヴァルド・グレイム。殺人の罪で拘束する」
リルが手錠を取り出し、ヴァルドへと一歩踏み出したその瞬間――彼の足元に魔法陣が浮かび上がる。
「なっ……これはっ……!」
白光が弾け、視界が奪われる。
「っ……目くらまし!」
リルの声が響くが、すでにヴァルドの姿は消えていた。
「っ……逃がすかっ……!」
リーンがすぐに外へ飛び出す。




