牙の向く先ー4
──仮設本部。
扉が勢いよく開いた。
ミュリルが、両腕でバスケットを抱えたまま、元気よく飛び込んでくる。
「リル隊長っ! 報告ですっ!」
リルが顔を上げると、ミュリルはすでに目を輝かせて立っていた。
その瞳は、広場での涙とは違い、自信と誇らしさに満ちていた。
「ティオちゃんのおかげで、たくさん証言を得ました!ヴァルドさんとブランドンさんが少し前に言い争ってたとか、ブランドンさんが薬屋へ向かってたとか、金曜日は焼き立ての黄金あんパンとか――!」
リルが少し身を乗り出す。
「ちょっと待ってミュリルっ。いっぺんに言われても分からないわっ。というか黄金あんパンは今いらない情報よっ」
ミュリルは「すみませんっ」と慌てて頭を下げると、リルは落ち着いた声で一つずつ確認を始める。
「不審な人物の目撃情報は?」
「はいっ! フードで顔を隠した人物が、ブランドンさんの家の方角から走っていくのを見たそうです。事件の前日に」
「……なるほど。ほかには?」
「数日前、ブランドンさんが薬屋の前でヴァルドさんと言い争っていたとの証言もありました。“あんなのに薬を使うのか”とか、“お前には関係ない”とか……そんな内容だったみたいです」
リルは片手で口元を抑え、しばらく黙り込む。
「……“あんなの”……か」
ミュリルは頷きながら、ふと思い出したように言う。
「あとは、金曜日に黄金あんパンが――」
「それは今いらないわ」
リルは苦笑しながら制すと、再び考え込むように視線を落とした。
──少し離れた位置。
ソファに腰を下ろしたリーン・アークライトが、腕を組みながら静かにその様子を眺めていた。何も言わず、ただ目元にわずかな笑みを滲ませている。
「……ふふ」
隣で端末を操作していたケルヴィ・ヴァン=エルドが、ちらりと視線を向ける。
「……なにかおかしいことでも?」
リーンは肩をすくめる。
「いいや。なにもない」
ケルヴィは端末を閉じながら、少しだけ首を傾げた。
「……少し、私情が入っているように見えましたが」
「私情? 何に対してだ?」
「ふむ……僕の気のせいですかね」
「そうだ。……まあ、そういうことにしといてくれ」
ケルヴィはしばらく黙っていたが、短く笑うと端末へと視線を落とした。
「分かりました。では、そういうことにしておきましょう」
リーンは答えず、ただソファの背にもたれながら、ミュリルの報告に耳を傾け続ける。その瞳は、どこか穏やかだった
──ブランドン家・納屋。
埃の舞う空間に、リルとリーンが足を踏み入れる。 床板に、赤黒く乾いた痕が二か所に広がっていた。
「……この血痕、同じように見えて、そっちとこっちとじゃ色が違うわね」
リルがしゃがみ込み、手袋越しに床をなぞる。
「殆んど黒に近い方はナイトファングだ。……ということはつまり、もう片方は……」
リーンは言いながら血痕から血痕から視線を外すと、部屋の隅に何か光るものを見つけ、歩み寄っていく。
「なにかあったの?」
屈んで何かを拾い上げるリーンへ背後からリルが問う。
「……牙みたいだが、これは……」
言いながらリーンは摘まんだ牙のような小さな物体で床を叩く。
「金属っぽいな……」
そう言うと、リーンはリルへその金属を渡す。
「……あれ、先端に、なにか……?」
リルがそれを受け取り、目を細めて観察する。
「もし、それにも血痕が付いていたとしたら……いいことには使われてないだろうな」
リーンは再び床の血痕へ視線を向けた。
「考えたくはないわね……」
リルがそう言いため息を吐いた時、つま先に何かが当たる感触がして、視線を向ける。
「はぁ……ついてるのかしら……」
そう言って掴み上げたものをリルはリーンへと見せる。
「薬の瓶……。しかも、調合されたものよ」
「ははっ、それは、ついてるな。……やっぱりヴァルトに繋がっていくわけだ」
リルとリーンは見合って互いに肩をすくめる。
「微量だけど残ってる。……一応成分を調べてもらうわ」
リーンは納屋の壁を見つめながら、低く呟く。
「……明らかにここが現場の様には見えるが……」
リルは同意すると静かに頷いた。
「これらが、どう、繋がっていくかしらね……」




