牙の向く先ー3
──村の広場。
補佐官グラン=ミュリルが歩くたび、地面がわずかに揺れた。
巨人族の彼女は、背も肩幅も人間の倍近く、筋肉質な体つきに軍服が映える。
けれどその瞳は、どこか怯えたように揺れていた。
「す、すみません……あの……」
声は小さく、遠慮がち。 だが、彼女の姿を見た村人たちは、反射的に距離を取る。
「ひっ……!」
「ちょっと、あっち行こう……」
ミュリルは慌てて手を振る。
「ち、違います! あの、私は……その……!」
顔は真っ赤。視線は泳ぎ、手元のメモ帳をぎゅっと握りしめる。 そして、ぽつりと呟いた。
「……やっぱり、わたし……向いてない……」
──少し離れた木陰。
リーン・アークライトは腕を組みながら、静かに様子を見ていた。 ため息をひとつ。
「……全然できてないじゃないか」
自分から聞き込みをしたいと言ってきたミュリルだったが、リーンは彼女の恥ずかしがりな性格をまったく信用しておらず、こうして密かに監視していた。
「ったく……しょうがないな」
この調子じゃ無理だと判断し、木陰から出て声をかけようとした――そのとき。
『……やっぱり、わたし……むいて、なぃ……』
「えっ……?」
地面に座り込んだミュリルを見て、リーンの足が止まる。
「嘘だろ……泣くのか……もう……?」
『……ぅっ……ぅっ……』
「おおー、泣くっ!? ああーやばい、あいつが泣いたら……!」
彼女は巨人族。泣いて暴れようものなら村は壊滅する。
リーンが慌てて木陰から飛び出そうとした――その瞬間。
「お姉ちゃん、泣いてるの? だいじょうぶ?」
小さな少女が、大きな少女へと駆け寄った。
──村の広場。
「う、ううんっ……な、泣いてないよ……ちょっと風が……目に……」
ミュリルは慌てて目元を拭い、涙を隠すように笑った。
「ほんと?」
少女は首をかしげながらも、そっと手を差し出す。
「うん。ほんと、大丈夫ですっ」
ミュリルはその手を握りつぶしてしまわないよう、細心の注意を払いながら受け取り、自らの足と力だけで立ち上がる。
「うぁー……おっきい……」
その言葉は、ミュリルが何度も聞いてきたものだった。
けれど、少女の声には驚きや恐怖ではなく、純粋な感嘆が混じっていた。
「ありがとう……わたし、グラン=ミュリル。王宮から来た補佐官です」
「わたし、ティオ! 村のパン屋さんの娘なの!」
ミュリルは驚いたように目を丸くし、そして照れくさそうに笑った。
「パン屋さん……いいなぁ……甘いの、好きぃ……」
ティオは嬉しそうに頷く。
「じゃあ今度、焼きたて持ってくるね!」
「うぁー……ほんとぉっ……」
ミュリルは目を輝かせながら、ふと思い出したことを口にする。
「あ……そう、あの、今ね、事件の調査をしてて。怪しい人とか見なかったかなって聞いてるんだけど……」
ティオはぱっと表情を輝かせる。
「私、見たよっ。誰かわからないけど走っていくの見た!」
ミュリルは目を見開き、そして満面の笑みを浮かべた。
「それです! ティオさんありがとう!もう少し詳しく聞かせて!」
彼女はメモ帳に急いで書き込む。
──木陰。
リーンはその様子を遠目に見ながら、ふっと笑みを漏らす。
「監視なんかいらなかったな……」
そして、静かに背を向けて歩き出した。
──広場。
「やったー!お話聞けた!私やりましたーっ!!!」
ミュリルの喜びの叫びが、村中に響き渡る。
その瞬間、地面がぐらりと揺れた。
「な、なんだっ……地震か!?」
「逃げろー!」
村人たちが慌てて走り出す中、ミュリルはぽかんと立ち尽くしていた。
「……ん? 地震……?」




