ぶつかる正義
──王宮特別警備隊本部・仮設詰所。
リルヴェット・クローディアは、報告書に目を通している。
被害者の妻の証言、現場の状況、モンスターの拘束記録。
普段から近辺で絶えない、モンスターによる襲撃殺人の一つとして片付けるのは容易だった。
「はぁ…………」
だが、リーンの言葉が頭を離れず、いつものように決断ができないでもいた。
「はい。どうぞ……」
ため息交じりに扉のノックへ答えると、サンとケルヴィが駆け込んでくる。
「隊長っ。もう一度、被害者の奥さんに話を聞かせてくださいっ」
真っ直ぐな目で言うサンと、リルヴェットは、視線を合わす。
「……何のために?」
サンは、一瞬言葉を探してから、静かに答えた。
「あのモンスター―――サイプスが犯人ではないからです。あの子は、殺してない」
サンの言葉にリルヴェットは眉一つ動かさない。
「拘束した時、あのモンスターは凶器のこん棒を持っていた。そして、夫人の証言もある。これのどこが殺してないと言えるの?」
サンは、言葉を詰まらせながらも、震える声で続けた。
「あの子が……見せてくれたんです。旦那さんが……殺された時の状況を……」
ケルヴィが一歩前に出る。
「僕も……見ました。あのサイプスは、確かにその場に居た。……でも、危害を加えてない。ただ……そこに居て、全てを見ていた」
リルヴェットは、眉をひそめた。
「……あなた達は、リーンの言った事を試した……そういうこと」
リルベットの鋭い視線を受け、ケルヴィは素早く端末を開く。
「夫人の証言では、家にいたら“魔物の叫び声が聞こえた”と言っていましたが、そもそも、サイプスは声帯がなく、声を上げれません。あと、遺体の損傷と証言の凶器が一致していない可能性もあります」
リルヴェットは、しばらく黙って二人を見つめた後、静かに言う。
「……夫が殺されたとなれば気も動転する。証言に少しばかり間違いがあるのは当然よ。あなた達だって、これまで同じ経験は幾度もあった筈よ。リーンに惑わされないで」
「それは、そうですが。……で、でも、もし、殺人犯が野放しだとしたら……!」
サンの言葉にケルヴィも頷く。
「村が危険なのは変わりません。それどろか、模倣しだす輩も現れるかもしれない」
リルヴェットは額を片手で押さえ目を閉じる。これ以上何も言うなというリルの癖でもある仕草だが、サンは構わず言葉を繋ぐ。
「確かに、リーンさんの言った通りにしてしまいました。でも、私たち自身が、知りたいと思って行動して、真実を見ました。再捜査すべきです」
リルヴェットは、目を細めた。
「……正確な捜査をしたいという気持ちは認める。ただ、隊員としての立場を忘れてるわよ、サン。判断を誤れば、命取りになる。私たちは民間人の為の組織。モンスターの権利を守る組織ではないわ」
「でも、民間人だって過ちは犯します。私たちは真実に基づいて犯人を拘束するのが仕事。モンスターだとか関係なく、冤罪ならば許されることじゃないと思いますっ」
サンは声を震わせながらも真っ直ぐにリルヴェットへ言い放つ。
ケルヴィも頷くと、静かに口を開く。
「隊長。僕たちは、命令に背きたいわけじゃない。ただ、“真実”の上で、犯人を捕まえたいだけです。誤認だった場合、この判断が後に人を傷つけることになります。だからこそ、今ここできっちりと確認する価値があると思います」
リルヴェットは、報告書に視線を落とした。
そして、静かに閉じる。
「……わかった」
リルヴェットの言葉にサンとケルヴィの表情に安堵が浮かぶ。
「ただし。……決定的な証拠と犯人の自白が必要。簡単にはいかないわよ」
言葉のあとに、静寂が落ちた。
リルヴェットは、机の上に視線を落としたまま、何かを噛みしめるように黙っていた。
その沈黙を、サンがそっと受け止めるように言った。
「あの子は犯人じゃない。必ず、暴いてみせます……」
リルヴェットは、深く息を吐いた。そして、立ち上がる。
「はぁ……いいわ。行くわよ。もう一度話を聞きましょう」
サンとケルヴィは、顔を見合わせて頷くと、リルヴェットの後に続いて部屋を出ていくのだった。




