静かな檻の前で
──ロス村外れ。
鉄の檻とその半径には木の柵が円形に組まれている簡易捕獲場。
そこには槍を持った警備兵が二人。入り口を見張るよう立っていた。
「士気は低そうだし……いけそう」
「…………」
捕獲場を囲むように間隔を空けて立てられた松明。その明かりから逸れた茂み。
闇を纏ったその場所に、サンとケルヴィは身を潜めていた。
「ちょっと待て……なんで僕まで手伝うことになっている」
ケルヴィが小声でぼやく。
「自分で付いてきたんじゃないですか」
サンは警備の動きを見ながら、息を潜めて答えた。
「素直に隊長へ頼むかと思ったからだ。……忍び込むなんて……聞いていない……」
ケルヴィはため息を吐く。
「今の隊長へ言っても、絶対に許可しませんよ。それに……隊長自身よく言ってるじゃないですか、自分で見たものしか信じないって」
サンは悪そうな笑顔をケルヴィへ向けた。
「確かにいっているな……。ただ、疑問だ。君はあの短時間で、どうしてそこまで信じられる? 犯罪者で、監視下に置かれてる男だぞ?」
サンは少し黙ってから、静かに言った。
「根拠は……ありません。でも、手記を読んで、少しだけ分かった気がするんです。リーンさんは、モンスターを頭ごなしに悪と決めつけず、尊重し、共存しようとしてる……」
ケルヴィは、サンの横顔を見る。
「それが……ただの理屈じゃなく、本気なんだって。私もできるなら、リーンさんのようになりたい」
松明の光が微かに反射するその瞳。そこにはサンの本気が宿っていた。
「……正直言うと、今回の現場の様子と証言には、僕も疑問を感じる点が多い。真実があるならば……知りたいという気持ちがないと言えば噓になる」
サンは、そっと頷いた。
「試してみましょう。やってみる価値はあるはずです」
二人は頷き合うと、しゃがんだまま移動し茂みが途切れた辺りから、身を起こして静かに捕獲場の入口へと近づいていく。
「ふぁ~……ねむ……」
「だな。……つうか、警備って必要か?」
警備兵の視線が外れた隙を突いて、二人は入り口を通り抜け、中心の鉄檻の裏手へ回り込む。
中に居るのは、もちろん、仮面を被り、身体の殆んどは骨がむき出しの細い身体のモンスターである、サイプス。
暴れることも無く、膝を立て、手を前に差し出した姿勢で静かに座っている。
「……サイプス」
その小さな呼びかけに、サイプスがゆっくりと顔を上げる。
仮面の奥に、感情の色は見えないが、敵意は感じられない。
「…………」
サンが柵越しに手を差し出すと、サイプスも応えるようにゆっくりと手を伸ばし――柵の隙間から、サンとサイプスは握手をした。
そして、深くお辞儀をする。
その瞬間、空気が変わる。
静かで、澄んだ何かが、二人の間に流れた。
「サイプス……」
サンは、目を見開いたまま、そっと呟く。
「あなたは……」
ぽつりと零れた声は、風に溶け、サンの頬を一筋の涙が伝った。
その時だった。
サイプスが、そっと手に持っていた布を、柵の隙間からサンの目前へ掲げる。
「あの時も……慰めたかっただけ……なんだね……」
サイプスの持った布が頬に触れ、涙が拭き取られる暖かい感覚にサンの涙は止まることがなかった。
サイプスは、静かに首を傾ける。“泣かないで”とでも言いたげに。
「ありがとう……」
サンは、震える手でその布を受け取る。
「そろそろ、交代時間の様だ。兵士が増える前に去ろう」
静かに様子を見ていたケルヴィが肩に手を置く。
「……待ってください」
サンが急に言う。
「なんだ?」
ケルヴィが問うと、サンはケルヴィの手を引いてしゃがませようとする。
「ケルヴィさんも。ほらっ……」
「えっ……なんで僕までっ……」
サンは人差し指を立てて、静かにするよう合図した。
そして、囁くように言った。
「真実知るために来たんでしょ。それに、私だけサイプスの声を聞いても、隊長に信じてもらえないので、ケルヴィさんには、証人になってもらわないと」
「……なるほど」
ケルヴィは納得しつつも、半信半疑で、そして少し怖がりながら手を差し出す。
サイプスは、ケルヴィの手にも静かに触れ、お辞儀をした。
その瞬間、ケルヴィの表情が変わる。
「……な……これは……」
サンは、静かに頷く。
「リーンさんは正しかった。……サイプスは“ただ、そこにいた”……だけ」
ケルヴィは、険しい顔で柵の向こうのサイプスを見つめている。
「……殺人者が野放し……非常にまずい状況だ……」
その言葉に、サイプスが微かに首を傾ける。
サンも険しい表情で口を開く。
「……檻に入るのは、この子じゃない」
夜の風が、静かに二人の間を通り抜け、サイプスの仮面は月光に淡く光っていた。




