花の意味ー11
霧が薄く漂う洞窟の奥。陽光が差し込む花畑には、今は誰も居な。
その静けさは、夜の名残と朝の祈りが溶け合うようだった。
白い花々は夜露をまとい、風に揺れながら静かに咲いている。
その中心に、リルが立っていた。
彼女は、手に小さな苗を抱えていた。
昨日、隊の物資の中から見つけた、まだ根のついていない花の苗。
イェルガが最後まで守り続けたこの場所に、彼のための一輪を植えるために。
リルはしゃがみ込み、少しだけ息を整えてから、土に指を差し入れる。
柔らかく、湿った土の感触が指先に伝わる。
その感触は、かつてイェルガが花を植えていた時の記憶と重なっていた。
「……ここでいいよね」
誰に言うでもなく、リルは小さく呟いた。
苗をそっと置き、根が傷つかないように丁寧に土をかぶせる。
その手つきは、まるで誰かの命を包み込むように優しかった。
植え終えた苗の前に、リルは膝をついた。
風が吹き抜け、髪を揺らす。
彼女は目を閉じ、静かに祈る。
「イェルガ……」
その名を呼ぶ声は、震えていた。
けれど、涙は流れなかった。
代わりに、胸の奥に温かいものが灯っていた。
「あなたが守ってきたもの、これからは私が守る。
あなたが見送ってきた命、これからは私が見送る。
だから……もう、安心して。……休んで」
風が、花畑を優しく揺らす。
新しく植えられた苗も、他の花々と同じように、静かに揺れていた。
リルは立ち上がり、最後に一度だけ、花畑を振り返る。
その瞳には、悲しみではなく、決意が宿っていた。
──イェルガの花畑に、新しい命が根を下ろした。
それは、彼の静かな願いを受け継いだ者が、初めて“根を張った”一歩だった。




