花の意味―10
──翌朝。
空はまだ淡く、岩壁の隙間から差し込む光が花畑を優しく照らしていた。白い花々が風に揺れ、朝露をまとった花びらがきらりと光る。
その静けさは、まるで誰かがそっと祈りを捧げているようだった。
リルは、花畑の中央に立っていた。足元に広がる白い花々を見つめながら、そっとしゃがみ込む。指先で一輪に触れると、冷たい露の感触が肌に伝わった。その感触は、あの日の記憶と重なっていた。
背後から、控えめな足音が近づいてくる。岩を踏む音が、花畑の静けさに溶け込むように響く。
リルは振り返らず、ただ花を見つめたまま、ぽつりと声を落とした。
「……私の村が、襲われた時……両親は、犠牲になったの」
リーンは少し離れた場所で立ち止まり、リルの背を見つめていた。風が彼のコートの裾を揺らす。その目には、言葉にできない思いが宿っていた。
「魔物が来たって、それだけで……イェルガを疑った」
リルの声は、風に溶けるように静かだった。
「……ほんとは、ずっと……うらんでた時期も、あった……」
彼女の肩が、微かに震える。
「ここに来るのも、怖くて……二度と足を踏み入れないって、誓って……」
言葉を吐き出すたびに、リルの指先が花びらをぎゅっと握る。
その力は弱く、けれど確かに、何かを押し留めようとしていた。
「心の底から、信じてあげられなかった。優しかったのに……私、勝手に……」
風がそっと吹き抜ける。リルの髪が揺れ、頬にかかる。彼女はそれを払おうともせず、ただ俯いたまま続けた。
「きっと、イェルガも……私のこと、忘れてると、思ってた……」
その声は、ほとんど囁きのようだった。花畑の静けさに吸い込まれていくような、弱くて、でも確かな響きだった。
リーンはゆっくりと歩み寄り、リルの隣に立つ。彼の視線も、花畑へと向けられる。風が二人の間を通り抜け、花々を揺らした。
「……調べとくと言って、任務ではあまり役に立てなかったが……昨日、イェルガのこと、調べ直した」
リルは、少しだけ顔を向ける。瞳には、涙の跡が残っていた。
「あいつが目撃された地域には、必ず花が育ってるそうだ」
その言葉に、リルは何かを求めるようにリーンを見つめる。
「……どうして、花を?」
リーンは空を見上げた。岩の隙間から差し込む光が、彼の瞳に反射していた。その光は、まるで遠い記憶を照らすように明るい。
「花は……弔いなんだ。人も、魔物も、動物も、虫であろうと……その命が散った者の数だけ、イェルガは花を植える。……そこにいた命の証明として……静かに見送る」
リルは目を伏せ、花畑に視線を落とす。風が、彼女の髪をそっと揺らす。その揺れは、まるで誰かが優しく撫でているようだった。
「……じゃあ、私の両親も……」
リーンは頷いた。その声は、深く、静かだった。
「君の村で犠牲になった人たちの分も、今回のエルネア村で倒れた人たちの分も、そして、自分を襲ってきた賊や魔物の分まで……イェルガは、最後の最後まで……花を育ててた」
リルは、そっと膝をつき、花に手を伸ばす。指先が、白い花びらに触れる。その感触は、あの日の記憶と重なっていた。
「……ごめんね。そして、ありがとう……イェルガ……」
風が、静かに吹き抜ける。まるでイェルガの返事のように、そっとリルの頬を撫でる。
その優しい感覚は、言葉よりも深く、静かに残っていた。




