花の意味ー12
──その夜。
仮の宿舎へ向かうリーンの足取りは、どこか落ち着かない。夜風が吹き抜けるたび、背筋に妙な悪寒が走る。
「……まさか、な」
呟いた瞬間、視界の先に異様な影が見えた。宿舎の前、月明かりの下――イェルガと同等の巨体が、膝を抱えて座っている。
「いや、無理……無理無理無理……!」
リーンは目を見開き、じりじりと後退する。足元の砂利が音を立てる。
「何やってるんだ?リーン―――」
背後から声をかけようとしたケルヴィの口を、リーンは即座に押さえ込み、地面に組み伏せる。
「名前を呼ぶな!今は絶対に!」
状況が飲み込めていないケルヴィが眉をひそめるが、次の瞬間、彼の顔が光源を失ったように暗くなる。
「……何か、後ろに……」
リーンがゆっくりと振り返ると、そこには――
「りぃいいいいんさぁぁぁん!!」
顔から出るもの全部出しながら、ミュリルが立っていた。涙、鼻水、よだれ、感情の奔流すべてを乗せて、彼女は突進する。
「うわっ、待っ――!」
ケルヴィもろとも、リーンは押しつぶされた。
月明かりの下、仮宿舎の前に響くのは、ミュリルの嗚咽と、リーンのくぐもった悲鳴だった。
──深夜。仮宿舎のテント内、リルは微かな物音に目を覚ました。風の音とも違う、何かが地面を擦るような音。寝袋からそっと抜け出し、外へ出る。
月明かりに照らされた地面の先、隣接するテントの前に、何かが這っていた。人影。動きは遅く、だが確かに目的を持って進んでいる。
リルは眉をひそめ、静かに近づく。
「……リーン?」
声をかけると、這っていた人物がぴくりと動きを止めた。振り返った顔は、土と汗でぐしゃぐしゃになっている。
「……リルか……」
リーン・アークライトは、仰向けになりながら、かすれた声で言った。
「ケルヴィ……やられた……」
「えっ……?」
リルが目を見開くと、リーンはゆっくりと腕を伸ばし、地面を指差す。
「……あいつ、ミュリルの突撃を……真正面から受けた……」
「……は?」
「俺は……横から巻き添え……」
リルは絶句した。リーンの服は泥だらけで、肩は脱臼しているように見えた。
「……頼む……花を……植えてやってくれ……」
「いや、死んでないでしょ」
「……俺も……もう長くはない……」
「だから、生きてるでしょ」
リーンは地面に顔を伏せ、芝の上で静かに呻いた。
「……花畑の隅に……小さくていい……」
リルはため息をつき、しゃがみ込んでリーンの襟を引っ張った。
「とりあえず、テントに戻って」
「……わかって……る。だから這って……来たんだ……」
月明かりの下、リルは無言でリーンを引きずっていく。
その顔には、諦めと呆れと、ほんの少しの慈しみが混ざっていた。
そして、その背後。リルのテントからは『くぅん……』とクローの小さな鳴き声が響いていたのだった。




