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幻影魔王ナツメ

 斜陽に照らされた森に囲まれた古城とその眼前に広がる澄み切った湖、そして湖に映る鏡像の城。

 そのまま切り取ればたちまち名画と言えそうな美しい風景である。

 

 二人組の勇者はその古城に魔王が住んでいるという話を聞いて、この湖畔へとやってきた。

 しかし既に日が暮れかけていてそのまま挑戦するのを断念した二人は、湖のほとりで野宿をすることにしたのだ。


「明日はとうとう突入かぁ……」

「ちょっとぼうっとしてるんだったら武器の手入れしといてくれないか」

「はぁーい」

 

 ちなみに二人は勇者になりたて、しかし自らの力を過信している。

 とはいっても二人ともそこそこ権力のある家の次男三男であり、もし死ぬことがあっても問題ない程度の金は持っている。そのため余り危機感が持てないのであった。

勇者を生業とするのは粗暴なものが多いが、世間には勇者たちの英雄譚が数多く伝えられているため、憧れるものは多い。

 勇者界隈では最初に魔王に挑み、魔王にすら辿りつけずに死ぬのは誰しもが通る道となっている。自らの無力に気づいたものはその後普通の仕事を勤めるだとか、魔獣などを退治する普通の冒険者になるのが普通である。稀に自分の力が発揮できなかっただとか言ったりする馬鹿もいるが大抵途中で復活のための金がなくなり諦めざるを得なくなるのである。



 湖に腰まで浸かり武器や防具についた魔物の血や土を洗う。自身もここまでの道中の汚れがあるので一緒に洗ってしまおうという算段である。魔物よけの結界を張る道具を使用しているので魔物の気配はない。


「武器の手入れと、あと汚れた鎧を洗う……あっ!」


 手が滑り洗っていたナイフが水底に落ちてしまう。


「!!!」


 屈んで拾おうと顔を水につけると、彼の目に映ったのは湖の中ではなかった。

 顔をあげて目をこする。もう一回水に潜っても水の中ではなく、鏡写しの風景が広がっていたのだった。

 急いで顔を上げたままナイフを拾う。


「ねぇ!!ちょっと来てよ!!」

「なんだよ」

「幻想時空かもしれない!!!」

「はぁ!?」


 幻想時空というのは世界各地に幾つかある亜空間のことである。特定の日時にしか現れない扉であるとか、幾つかの決められた魔導具を揃えるだとかすることでそこに至ることができる。

 大抵そこには喪われた技術で作られた遺跡や古代の魔導具などか眠っていることが多く、もし見つけることが出来たら一生遊んで暮らすことも夢ではない。


「超ラッキーじゃねぇか!!おい!もたもたしてないで行こうぜ!」

「うん!」


 普通は細心の注意を払って万全の態勢で向かうものなのだが、幻想時空の発見という幸運に目がくらんでいる二人はすぐさま洗っていた鎧と武器とを身に付け、湖に飛び込んだ。


「すげぇ……」

「綺麗、だね」


 湖に飛び込んだ二人は眼前に広がる絶景に息を呑んだ。

 現実側と同じ森に同じ湖、しかし古城は形は同じものの純白の城となり、茜色に染まっていた空は濃紺の夜空、降り注ぐような満天の星を虹色に輝くオーロラが彩っていた。

 暫く頭上の星空に見とれていた二人はゆっくり鏡写の城へと歩き始めるのであった。


 ギイイィ……


 城の扉は大した力を入れずとも開き、二人は城の中へと入っていった。

 幻想時空では何が起こるかわからない。彼らははぐれないように注意しながら城内を探索する。


「これは……」

「宝石……みたいだな」


 全てが白く塗りつぶされたような中で二人が見つけたのは夜空を閉じ込めたかのような藍色の宝石、恐らくこれひとつで家が建つであろう。

 と、視界の端に映る白い影。


「ん?」

「どうしたの?」

「……なんか今女の子がいたような」

「こんなとこに?」

「いや、見間違いかもしれないが」

「ふうん」

「あっちの方行ったぞ」

「追いかけてみる?」

「そうだな……」






「あっ、いた」

「クソ、ちょこまかと……」

「僕たち遊ばれてない?」

「あー……ったく……」

「扉だ……大広間?」


 白い少女を追いかけること数刻、二人は“おおひろま”と子供の字で書かれた札のかかった扉にたどり着いた。


「……入るぞ」

「うん」


 その大扉を開けると広い部屋、まさしく大広間らしい。しかし家具は少なく、床には毛足の長い絨毯が敷き詰められている。部屋の中心にはぽつんと子供用の椅子が置かれていた。


 彼らがその椅子に近づくと、ガシャンと何かが落ちるような音。振り返ると入ってきた扉に藍色の格子が降りている。


「ッ……閉じ込められた!?」

「えっ!?」


 走って扉まで戻るが格子は硬く、剣を持ってしても傷一つつけられない。


「畜生罠かッ!」

「あっ転移符!」

「それだっ」


 危険な状況に陥った時に緊急脱出するための魔導具である。そこそこ高価ではあるがいざという時のために持ってきていたらしい。


「『帰還』ッ!!!……発動しない!?何で」


「このくうかんはとじられてるから」

 

「「!?」」


 突然かけられた声に驚く二人、先程まで誰も座っていなかった小さな椅子に白い長い髪の少女……ではなく少年が座っていた。


「おにごっこたのしかったよ、おにいちゃんたちありがと」

「……」

「……君は……」

「じゃあおやすみ」


 そう言って少年はニコッと笑った。

 崩れ落ちる二人、少年は彼らに幻を見せる魔法をかけた。


「よいゆめを」


 彼らは二度と目覚める事はない。この少年は古城に住む魔王……の息子の幼い魔王である。


 ナツメが訪れた時のみ世界と繋がる幻想時空。

 それはこの小さな魔王の遊び場であったのだ。


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