封印魔王ジル
荒れ狂う吹雪に覆われた山、その中腹あたりにある洞窟の入り口に倒れ伏す一人の少女。
彼女の上にも雪は絶えず降り続ける。埋もれゆく顔色は青く、生命の灯火は今にも消えそうな彼女が眠る前最後に感じたのは、包まれるような暖かさと陽だまりの香り。
少女は口元から何か温かいものが入ってくるのを感じて目を覚ました。
ほの甘いそれは口の中に広がり寒さで麻痺していた感覚を呼び戻す。
「……ぁ」
「お、起きたか。取りあえずこれを飲み込め」
ゴクン
喉を通る温かい感触、彼女はそれがお湯であることに気がついた。
「ん……」
「よし、起き上がれるか?」
軽く頷き身を起こす。
どうやら自分は助かったらしいと考え、ゆっくりと辺りを見回す。
「……?」
辺りに誰もいない。先程からの声の主はどこにいるのだろうと、ようやくはっきりしてきた目を軽くこすり、再度周りを見る。
「……」
「…………ここだ」
「……?!」
かけられていた毛皮のようなモノが動く。じっと見ていると犬のような顔がこちらに向けられた。
(…………犬が、しゃべった???)
自分は夢を見ているのだろうか、少女は混乱し、その美しい金の毛並みの獣の頭をなでてみた。
「おい、撫でんな。てか……あー」
もふもふ
もふもふもふもふ
無言で獣をなで続ける少女と、大人しくなでられる獣。不思議な沈黙が続く。
「もういいか」
「す、すいません!」
少女がなでていた手を離すと、獣は何となく物足りないような顔をした気がした。
「まぁいい……おめぇなんであんなとこで倒れてたんだ」
「……魔王への生贄」
この山にはかつて人々を襲った魔王が勇者の力によって封印されたという言い伝えがある。
それにしてはこの山には魔物が少なく、あまり信じられていないのだが、麓に住む村人は山には入ろうとしない。
しかしこの場合の魔王への生贄と言うのは口減らしのことで、凶作による飢饉や、今のように荒れ狂う天候による食糧不足の解消法として村では良くある話である。
大抵選ばれるのは老人や身寄りのない女子供、少女にも両親はいなかった。
(それに私は嫌われていたから)
少女の耳をよく見ると、人間にしては尖っている。彼女の亡き父がハーフエルフであり、彼女もまたエルフの血が混ざっていることに由来するものだ。
混血というのは人間には嫌われる。自分たちを至高と謳い異端を嫌う種族柄、他種族と交わることは忌み嫌うのである。
エルフの混血である少女もまた人間の村では差別とまではいかなくとも避けられてきたのだった。
「……ったく、何だ?今の村ではそんなの流行ってんのか……俺ァ生贄なんざいらねぇってのに」
「……?」
「あー、仕方ねぇ……自己紹介でもすっか」
すとんと獣は床に降りる。
ボフン
やや間抜けな音と共に立ち込めた白煙の中から出てきたのは、一人の男だった。
「??!?!」
背は高く、凛々しい顔立ち、そして輝かんばかりの流れる金髪の中から伸びる毛の生えた尖った耳。ついでに立派な尻尾も生えている。
「ジルだ。巷では魔王だとか呼ばれてるらしい」
そのまま軽く優雅に一礼するジルとは対照的に、少女の脳内は混乱を極めていた。
(ままままおう!!!??)
「まぁなんだ、よろしくな?生贄ちゃん」
(な、何がなんだか……)
生贄ちゃんと呼ばれた少女は混乱のあまりゆっくりその意識を手放すことにした。
「おい、どうした?大丈夫か??」
魔王と名乗る青年が何事か言っているが気のせいであろう。
吹雪に覆われた洞窟はとても暖かいのだ。




