↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/42

朔風の帰還 ①

初めまして。この作品を手に取っていただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただければ、幸いです。


説明口調な地の文や描写に加え視点がコロコロ変わります、ご容赦くださいませ。

 各部隊の隊長たちが集う軍議室。

 重苦しい作戦会議の終了が告げられ、椅子を引く音が室内に響く中、ミカはどこか言葉にできない予感を感じ取っていた。


 いつもならば閉会と同時に迅速に席を立つはずのロディ・グランベルク騎士団長が、腰を上げかけたミカの方へ、じっと視線を留めたからである。


 団長の磨き上げられた鎧がかすかに擦れる音を立て、その厳格な口元が開かれた。


「明朝、遠征軍が帰還するとの報せが入った」


 その一言が軍議室の空気を震わせた瞬間、ミカの胸の奥で小さな熱が跳ねた。

 しかし、偵察部隊の隊長として平穏を保つことが染み付いている彼の口から出た言葉は、驚くほど淡白なものだった。


「――漸くですか」


 去年の冬、聖ラウラント王国騎士団から選りすぐりの精鋭を集めて遠征軍が結成され、北国レジーナへと旅立ってから既に半年近くが経過している。


 その長い不在の終わりを告げられたというのに、あまりにも素気ない態度を取る部下に対し、ロディは少し困ったように、けれどどこか温かみを含んだ笑みを浮かべた。


「なんだ、あいつが帰ってくるというのに……もう少し喜んだらどうなんだ」


 その蒼い瞳に宿る柔らかな光を受けながら、ミカは内心で苦笑する。

 いかなる時も私情に駆られず、感情を鉄壁の仮面の下に隠すべき偵察部隊長という立場を、誰よりも理解しているはずの男がこのような言葉をかけてくる。


 ロディ・グランベルクという指揮官の、器の大きさと懐の深さを、ミカは改めて思い知らされるのだった。

 素直に首を縦に振るのも気恥ずかしいミカは、ほんの少しだけ視線を逸らし、実利的な理由を並べてみせる。


「喜んでいますよ。彼女が戻れば、クリスの報告書の面倒を見る回数が劇的に減りますからね」


 その実用主義すぎる喜びの理由を聞いた瞬間、不落の巨龍と謳われるロディの顔に、明確な疲弊の影が差した。

 一瞬、顳顬を細い指先でぐっと押さえた団長だったが、流石の精神力と頑強な意志で持ちこたえ、深く息を吐き出す。


「……『報告書の一枚くらい添削無しで書けるようにしろ』とクリスに伝えておけ……」


「承知しました」


 事務作業の濁流にこれ以上溺れたくない団長は、遠征軍のメンバーが帰還後、元々所属していた元の部署へ速やかに復帰する旨を事務的に付け加え、そのまま足早に軍議室を出ていった。

 一人残された軍議室で、ミカは静かに思考を巡らせる。


 ――彼女が戻ってくるなら、あのお菓子を焼かなければ。


 偵察部隊副隊長。それはミカとクリスにとって、幼い頃から苦楽を共にしてきた大切な幼なじみであり、聖ラウラント王国が誇る《朔風騎士》の二つ名を持つ実力者。


 言葉では冷淡を装って見せたものの、彼女がこの王都へ帰ってくるという事実は、ミカの心を純粋な歓喜で満たしていた。


 彼女が前線に復帰すれば、騎士団全体の戦力は大幅に底上げされ、現在王都を脅かしている殺人ギルド《嗤う骸骨スカル・コフィン》の捜査網にも大きな進展が期待できるはずだ。


 常に冷静沈着であるべき偵察部隊長として、感情の起伏は極限まで抑え込むべきだと自分に言い聞かせる。

 何より心意や精神の揺らぎがそのまま刃の鋭さに直結する《ヴァルンクラッド流》の使い手として、日頃から感情の制御には細心の注意を払っていなければならない。


 理屈では、そう分かっている。


 ――でも、今だけは。


 張り詰めていた緊張が緩み、ミカの唇の端が、ほんのわずかに、けれど確かに上へと弧を描いた。

 その極めて珍しい、穏やかな微笑みを、軍議室の片隅で片付けをしていた偵察部隊の部下たちが目撃してしまった。


「あれ……ミカ隊長が笑った!?」

「え、マジ!?」

「ばっ……!! お前ら黙ってろ! 聞こえるぞ!」


 にわかに信じがたいものを見たと言わんばかりに、小声で大騒ぎし始める部下たち。


 その騒々しい声を耳にした瞬間――


 ミカの顔から先ほどの柔らかな気配が霧散し、いつもの冷徹な隊長の眼光が戻る。


「無駄口を叩いている暇があるということは、北門からシャールド湖までの最新版の測量に関するレポートは完成したと考えていいですか?……僕の手元にはまだ届いていませんが」


 氷点下の声音が室内に響き渡り、部下たちの顔が一瞬にして青褪めた。


「あ……いや……(お前が余計なこと言うからだろ……!)」

「それは……えーと……(だって! ミカ隊長が笑うなんて天変地異かと思うだろ……!)」

「すみませんでしたっ!!(素直に謝れ! 午後の訓練を倍にされたくなかったらな……!)」


 互いに責任を擦り付け合いながら、最後は直立不動で全力の謝罪を口にする部下たちの姿を、ミカは冷淡に見下ろす。

 これ以上の追及はせず、彼らの無礼を無視してやることにした。


 歩き出したミカの胸中には、冷たい朔風と共にやってくる、懐かしい友の気配が確かに満ちていた。

 

 ――今日くらいは、こんな私情を出してもいい気がした。


◇ ◇ ◇

 

 遠征軍帰還の報せは、瞬く間に聖ラウラント王国中を駆け巡った。

 騎士団の全戦力のうち三分の一に及ぶ規模を率い、遙か極北のレジーナへと向かった遠征軍。


 その目的は、同盟国である北国の周辺地域に溢れ出した魔獣たちの共同討伐であった。


 聖ラウラント王国騎士団の副騎士団長――フリンズ・フォン・フェイレンが総大将として率いた軍勢は、過酷な北の大地で見事に多大な成果を挙げ、北国から数々の莫大な報酬と、多大なる「貸し」をもぎ取ってきた。文字通りの大凱旋である。


 そんな喧騒の朝、第六小隊所属のレン、ラバック、エルンの三人は、騎士団の朝礼が開始される随分前に広場へと到着していた。

 集まった騎士たちの間で飛び交う話題は、やはり王国中を騒がせている遠征軍の件に自然と集中していく。


「遠征軍……? 騎士団って、本当はもっと人数がいるのか?」


 レンが不思議そうに首を傾げた。彼は元奴隷の傭兵であり、生まれはイルシンオン帝国である。

 ラウラントの軍事的事情や詳細な軍構成にはまだ詳しくない。


 騎士団に加入してまだ半年にも満たないのだから、留守中の遠征軍の規模を知らないのも無理はなかった。


「そうだよ。遠征軍が王国を発ったのが去年の冬だから……もう半年近くになるね。……でも、副団長が帰ってきたら、今以上に規律が厳しくなるよ……」


「ですねぇ……。レン先輩、フリンズ副団長は本当に厳格な方ですから。ロディ団長なら苦笑いして目を瞑ってくれるような些細なことでも、副団長は絶対に許してくれないですよ……」


 ラバックが遠征軍の背景を説明し、エルンがその副団長がいかに厳しい人物であるかを神妙な面持ちで説く。


 レンはあの威厳あるロディ団長よりも、さらに苛烈だという副団長の存在を突きつけられ、まだ見ぬその人物に対して、会う前からじわじわと不安を煽られることになった。


「団長より厳しいって……。遅刻者がたった一人でも出たら『全員連帯責任だ!!』って大声を出すあの団長以上に厳しいのか?」


「……まぁ、レンはまだその頃の騎士団を知らないからね。――団長なら、叱り飛ばして『城壁外周十周!』くらいで許してくれるけど、副団長はそんなに優しくないよ……」


 いつもなら底抜けに明るいラバックの声が、過去の記憶を思い出したのか自然と萎んでいく。

 その様子に、レンはいよいよ冷や汗を搔き始め、身震いした。

 未だ正式な騎士ではない見習い身分のエルンも、深く同意するように小さな肩を竦める。


「……私が騎士団に入って、まだ三日目のことでしたので、今でもよく覚えています。朝礼の唱和中に、ほんの少し私語をしていた先輩騎士がいたのですが……その……」


 言い淀むエルンの表情を察し、気を遣ったラバックが、やや声を潜めて言葉を付け加えた。


「……副団長自ら手合わせの場を設けてね。言葉ではなく剣で教え込むって、その人を完膚なきまでに叩きのめして……まぁ……色々あって、その人は騎士団を辞めちゃったんだ」


 ラバックの琥珀色の瞳が遠い過去の出来事を呼び起こし、微かに揺れる。


「――そう、か……」


 どう声をかけていいか分からず、レンは静かに呟くことしかできなかった。重い空気に、ラバックとエルンが静かに頷く。


「で、でも! 規律を重んじて真面目に励む騎士には、ちゃんと深い優しさを持って接してくれる人だから! 怯えなくて大丈夫だよ、レン!」


 重くなりかけた空気を振り払うように、人が集まり始めた騎士団の広場へ、ラバックの元気な声が再び響き渡った。


 ――騎士団の朝礼が始まるまで、あと僅か。


 どうかこれ以上、血生臭い事件や不穏な何事も起きなければいい。

 スカコフの影を払いたいレンの切実な胸中は、ただそれだけを願っていた。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。

これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!


あなたにも風の導きが有らんことを

にしみん

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まず設定がすごいですね!よく考えてるなーと読みながら感心しました! また絶対見に来ます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。