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星刻の約定 ——Fragments of Laurant―  作者: 星詠 にしみん
Chapter Ⅰ 亀裂のディスコード(楽園への案内人)
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変節 Ⅴ

この作品を手に取っていただき、ありがとうございます✨


楽園を追いかける少女のお話です

 強い閃光が視界を覆う。

 

 恐怖で全身が震えると同時に、心臓が脈をドクドクと打ち鳴らしていた。

 

 突然現れた動く死体。

 金の髪に紅い瞳の魔術師。

 

 目的も話している言葉の意味もさっぱり分からない。

 唯一理解できたのは、この女性が「敵」だということだけ。

 

「……エルン、もう少し下がれ。……邪魔だ」

 

「ぁ……す、すみ、ません……!」

 

 次々と現れる死体を素早く斬り伏せていくクリス様。

 

 動きこそまだまだ余裕を残しているように見えるが、先ほどの声はいつもの飄々としたものではなかった。

 

——歯痒い。

 

 今すぐ腰の剣を抜いて「加勢しよう」という考えが思い浮かぶのに……私は一歩も動けなかった。

 

 周囲には恐ろしい異形を目にした騎士たちが、腰を抜かして動けずにいた。


 ミカ様の叫んだ東への撤退は、もはや叶わない。

 

「足掻くじゃないッ! もっと、もっと! あたしを楽しませて!? 無様に跪いて!!」

 

「——チッ……! 年増妖魔が……魔力回路だけは年相応のようですね」

 

「…………は?!」

 

 目の前で繰り広げられる魔術戦——と平行して、時折ミカ様から飛び出す毒舌。

 

 ミカ様とて余裕がないのは、呼吸の乱れと伝う汗から想像がつく。

 それでも止めないのは、きっと私たちを守るためだった。

 

——どうして、何もできないんだろう。

 

 思考は少なからず働いているのに、身体は鉛のように重い。


 クリス様は私たちの周囲に群がる死体を払いながら、ミカ様の死角に迫る死体をも正確に斬り伏せていく。

 

 離れた位置には投擲ナイフを使い、片手で剣を振るいながら体術も駆使している。

 

 明らかに別格だった。

 

 偵察を主とする騎士とは思えないほど、その動きは軽やかだ。


 何より驚いたのはミカ様で。

 

 無数の氷の剣や風の刃と思われる魔術を幾つも繰り出している。

 相手も相当だが、魔術師相手に騎士であるミカ様が押し返しているという事に衝撃が走る。

 

——私の知る限り、あの方は魔術師ではなかったのに……。

 

「あ゙ー! クソッ! おいミカ! 流石にキツいんだけど!?」

 

「……ッ——もう少し耐えてください!」

 

「具体的に!」

 

「あと——」

 

 二人の言い争いにも似た言葉の応酬に応えたのは、金髪の魔術師ではなかった。

 

——周囲の温度が、一気に数度下がったような感覚。

 

 冬でもないのに身体が寒さを訴えている。

 

 震えが止まらないのは、直前まで感じていた恐怖ゆえではない。

 

——何か、来る。

 

 いつもぼんやり見るような予知夢ではない。

 

 この気配を、どこかで私は——

 

 ふと、隣に静かに降り立った影があった。

 

 重力を感じさせない「それ」は、ゆっくりと私の肩に触れた。

 

 まるで、恐怖を打ち消すかのように。

 

「そこまでよ。——よく耐えたわね」

 

 鈴の音を転がしたような、美しい女性の声。

 

 銀の髪に、淡藤色の瞳。

 

「————ルー、シャ……様」

 

 魔術師たちを統べる——《銀雪の魔女》

 

 彼女の到来を察知したのだろう、ミカ様と金髪の魔術師はピタリと動きを止めた。

 

 同時に死体の群れも、魔道具の電池が切れたかのように項垂れて制止する。

 

 紅い瞳と淡藤色の双眸が、空中盤で交錯した。

 

「随分楽しそうね、ミリア? 私も混ぜてくれるかしら?」

 

「…………ルーシャ」

 

 その声はどこまでも揺れていて。

 

 憎しみと愛おしさが入り混じったその響きは、二度と還れぬ過去を憂いているようにも聞こえた。

 

「ミカ、クリスを連れて周囲の警戒に当たりなさい」

 

 突然のルーシャ様による明瞭な指示に、ミカ様は戸惑ったようだった。

 

 しかし、それも一瞬のこと。

 

 ミカ様は静かに頷くと、既に剣を納めていたクリス様と共に山道を駆けていった。

 

 激しく、辛い戦闘の直後だとは思えない機敏さだ。

 

 感心するのも束の間——

 

「……どうしてなの……」

 

「あら、何のこと?」

 

 震えるような声で問いかける、「ミリア」と呼ばれた女性。

 

 先ほどまでの加虐性は影すら失われていた。

 代わりにそこには、深い失望とも捉えられる感情と——

 

 果てしない怒りがあった。

 

「……——ッ」

 

 私は喉を詰まらせた。

 彼女(ミリア)から溢れ出る激情に恐怖し、僅かに息が止まった気がした。

 

  次いで、途切れた声にならない音が唇からこぼれる。

 

「どうして……どうしてなの!? なんで!! よりによって——貴女が!!」

 

 冷徹な魔術師の姿は、既にそこにはない。

 

 ミカ様を相手に余裕を崩さなかった姿勢も、異形を意のままに操作していた怜悧(れいり)な知将の面影すら消え失せている。

 

「…………ミリア」

 

「貴女が……! 人間の——魔術師を統べているなんて!! 有り得ない……! ありえ、な……い……!!」

 

「魔術の真髄を得た者として、現代の魔術師を導くことは当然でしょう?」

 

 二人が交わす会話の意味は、私にはまったく理解できない。

 

 ただ、彼女(ミリア)からは哀切が。

 

 その訴えは——

 

 悲痛で、悲惨で……苦悶に満ち溢れている。

 

 懊悩する姿に私は一瞬、恐怖すら忘れてしまったほどだった。

 

「違う!! 違う違う違う違う!!」

 

「何が違うの」

 

 狂ったように否定する彼女(ミリア)に、ルーシャ様はいつも通り冷静に応対していて、少しの焦りもない。

 

 周囲の死体も主人の状態を理解しているわけではないだろうが……しんと静まり返っていた。

 

「魔術師は……人間は! 彼らを、彼女を……あたし、たちを奪って!……貴女を殺したじゃない!!」

 

「え————」

 

 耳に届いた言葉が信じられなかった。

 

 ルーシャ様が——死んだ?

 

 そんなはずはない。

 だって私の目の前には、毅然とした態度で佇む魔術師管理局 局長が存在している。

 

 彼女(ミリア)の言動は、時間が経つごとに狂気を増している。

  

 ——だからきっと、この言葉も世迷い言で……

 

「私は生きているわ。魔術の腕だけじゃなくて、視力まで鈍っているのかしら?」

 

「その挑発には乗らないわ! ……答えて! 答えなさいッ!! 」


「…………」


「恨んでいないの?! 貴女を殺して、あたしたちの家族を殺して……結果的に《アルビオン》まで殺した!! 残虐で! 欲深くて! どこまでも……! どこまでも! 粗悪品の人間が!!」

 

 狂乱しているのか、理性を失ったかのように捲し立てる言葉の羅列。

 

 それでもなお——《銀雪の魔女》は静かに彼女を見つめていた。

 

「答えて……答えてよ……——」

 

 言葉の詳細は風に乗って、あっという間に流されていく。

 

 それでも不思議と私の耳には、その音がはっきりと聞こえていた。

 

 それは残響のように。

 

 一人の幼い少女が、涙を堪えて問いかけるように。

 

 ——お姉ちゃん、と。

 

◇ ◇ ◇

 

 それは、とある少女の復讐劇。


――あたしは、あなたたちを許さない。


 

――永遠に、永遠に。


――楽園を奪ったあなたたちを許さない。


――あなたたちの楽園はあたしの庭。

 


――永遠に、永遠に苦しみ続けて。


最後までお付き合いいただきありがとうございました!

こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。

これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!


あなたにも風の導きが有らんことを

にしみん

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