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星刻の約定 ——Fragments of Laurant―  作者: 星詠 にしみん
Chapter Ⅰ 亀裂のディスコード(楽園への案内人)
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変節 Ⅳ

この作品を手に取っていただき、ありがとうございます✨


罪の在処と友との決別のお話です

 ——個人的な恩讐か、或いは侵略か。

 

 今回の事案は、片方を一概に「悪」だと決めつけてよいものだろうか?

 

 例えば、ミリア・エインズワース。

 

 彼女は家族や同胞を奪われ、楽園(家)を踏み荒らされ——挙げ句に仁愛を失った。

 

 彼女が人間に抱く憎悪は正当だろう。

 

 罪人たる魔術師と、純粋な人間の判別がつかないほど狂っていたとしても。

 

 次に、被告人とされる人間(魔術師)に思考を置いてみる。

 確かに彼らは許されない罪を犯し、私欲と繁栄の為に妖精たちを虐殺した。

 

 罪はある。

 

 ——罪はあるのだ。

 

「さて、どう動くべきか」

 

 《ベルモデス山》の頂上付近は、頗る特殊な魔力濃度で満たされている。

 常人なら呼吸困難といった不調を来すが、僕にとっては寧ろ心地よさすら覚える場所である。

 

 見下ろす視線の先では防衛地が設定され、次々と襲いかかる死体の群れを正騎士たちが迎え撃っている。

 あの様子では、防衛地を突破されることはない。

 

 防衛地を東にしたのは良い判断だった。

 

 状況を簡単に整理したことで、再び思考の海に潜るとしよう。

 

 繰り返すが、人間に罪はある。

 

 しかし——

 

 果たして全(・)て(・)の(・)人(・)間(・)に罪を問えるのだろうか?

 

 当時、妖精たちを虐殺したのも、全人類が行った犯罪ではない。

 犯罪に加担しなかった人間たちにまで、罪を問えるのだろうか?

 

 答えが出ないまま、時間は流れていく。

 

 風が頬を撫でる度、何度も同じ問いを反芻した。

 

 現代を生きる、罪の所以すら知らない者たちにその罪を問うのは——果たして正しいのか?

 

「……僕は傍聴人に過ぎず、この裁判に弁護人も検察も存在しない、か」

 

 《妖精の瞳》は、人間の「欲」に過剰に反応してしまう性質だった。

 これは持ち主である妖精たちにとっても、どうしようもないことだったのだろう。

 

 一種の「生体反応」といっていい。

 

 対して妖精というのは純粋で、人間に好意的だった。

 求められれば力を貸し、声に応え、あらゆる道を示してきた。

 

 彼らに非があると——強引に、本当に強引で無茶な要因を挙げるのなら。

 

 ——甘露に浸した。

 

 人を愛するがゆえに、手を差し伸べ続けた。

 

 欲深い、と叱責しなかった。

 哀れだ、と嘲笑しなかった。

 傲慢だ、と否定しなかった。

 

 全て受け入れ、人間を「否定しなかった」

 

「テオが動いたのは……まぁ、当然だね」

 

 《ベルモデス山》は彼の領域だ。

 自らの領域を踏み荒らす敵が現れたのなら、迷わず彼は敵を狩り尽くすだろう。

 

 体感としては、不法侵入者に対する正当防衛に近い。

 些か反応が過激ではあるが。

 

 さて、では僕はどう動くべきなのだろう?

 

 騎士としての行動を優先するなら、今すぐ前線に向かうべきだ。

 

 だけれど、僕個人としては未だ決めあぐねている。

 

 北ではミカとクリスがミリア・エインズワースと対峙している。

 二人が死ぬことはないだろうが、間違いなく苦戦は生じる。

 

 対して東では防衛地を定め、順調に対処している。

 隊長が五人も集結しているのだから当然だろう。

 

 前線の方角からは、テオと騎士団長の気配を感じられた。

 死体の群れがどれだけ現れても、あの二人に斬り伏せられるのは思考するまでもない。

 

 仮に助力するなら、間違いなく北だが……

 

 この件に関して、十(・)二(・)勇(・)士(・)として介入・解決すべきか否か。

 

 組織としての妥当性か、調査小隊 隊長の立場か。

 

「……実に難解な問題だ」

 

 遠くで聞こえる喧騒、北から感じる魔力の渦。

 

 前線では血祭りでも行われているのか……血の匂いが一段と濃くなった。

 

 人間は時として欲深く、その好奇心には果てがない。

 

 それでも——

 

「確かに、妖精は人間を愛した」

 

 それだけは僕の口から言える不変の事実だ。


 ——刹那

 

 僕の考えに同意するように、強い風が吹いた。

 

 ……これ以上の思考は無意味だと結論付け、無意識に下げていた顔を上げた。

 

 随分と今日は風が強いみたいだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 二つの鉄剣が打ち合った瞬間、橙色の火花が視界の端で弾けた。

 

 全身を震わせるほどの痺れが身体中を駆け巡る中、俺の脳内はたった一つの疑問で埋め尽くされていた。

 

 ——何故なのか。

 

「おい! レン!! いい加減にしろッ! 剣を引け!!」

 

 ——その声は届かない。

 

 刃を交えるうちに山道を転がり落ちるように移動したからか、周囲には人の気配どころか化け物の姿さえ確認できない。

 

 レンは俺の問いに答えることなく、無心に剣を振るうだけだった。

 

 彼の剣筋は容赦なく急所だけを捉えにくる。

 

 首の動脈、心臓。

 

 その動きに一切の迷いは見られない。

 

 武人の剣というよりは機械的で、次の一手が読めない鋭利な斬撃が繰り返し迫ってくる。

 

「騎士になるんじゃなかったのか!? 答えろ!!」

 

 喉から吐き出した全力の叫びにも似た訴えは、目の前の剣を少しも軽くはしてくれなかった。

 

 正気でないのは明白だ。

麻薬(エーデン)の影響と思われるが、直近にはリリアン医務官の定期診察もあったし、問題はなかったはず——

 

 いや。

 

『————誰だ』

 

『お前は、誰だ』

 

 確かに、あの時……

 

「————ッ!!」

 

 思考は、左斜め上から振り下ろされた斬撃によって打ち切られた。

 間一髪で剣の腹で受け止め、鍔迫り合いへと持ち込む。

 

 《ノキア流》の真骨頂は「相手の攻撃を正面から力強く受け止め、そのまま圧し潰す力戦」である。

 

「クソッ! 話くらい聞け!!」

 

「……うる、さい……!!」

 

 剣を交えてから初めて返ってきた反応は、心底不快そうに捻り出された拒絶だった。

 

 俺はさらに腰を落として柄に体重を乗せ、レンの剣を強引に押し返した。

 同時に一歩前へ踏み込み、間合いを潰しながら力でねじ伏せる。

 

 僅かに揺らぐレンの身体。

 体格と純粋な腕力では、こちらが上回っている。

 

 だが——

 

「……意気地無し」

 

 もうすぐレンの剣を押し弾き、俺の刃が彼の胸元を捉えるという段になって。

 

—— 『一人が不満なら、二人の約束に塗り替えてやってもいい』

 

 よりにもよって、この土壇場で脳裏をよぎった言葉があった。

 

 柄を握る手が震える。

 

 このまま力を込め続ければ、彼(レン)の命を奪う一撃を放ってしまうかもしれない。

 

 一瞬の迷いは命取りになる。

 

 あの言葉は、誰からの教示だったか。

 

——ギャリン!!

 

 突如、握りこぶしに鈍い衝撃と激痛が走った。

 頼もしい鋼の重みが手元から消え、直後に背後で鉄剣が跳ねる乾いた音が響く。

 

「…………ッ!」

 

「仕舞いだ。死ね」

 

 レンが放った低い蹴りが俺の柄を正確に叩き落としたのだと、認識するまでに数秒を要した。

 

 引導を渡す冷酷な告声と共に、刃が空を裂いて迫る。

 

 手元に武器はない。

 

 身を翻して側転で逃れるイメージが脳裏を掠めたが、続く二手目で確実に切り伏せられる。

 かといって、背後の剣を拾い上げる猶予など存在しない。

 

 背を見せた瞬間に首を刈られる。

 

——どうする?

 

 考えろ、考えろ! 考えろ!!

 

 これほど頭を回したのは、定期試験以来だった。

 

 狙われているのは胸元。

 この至近距離でどう身体を捻ろうと、傷を負う未来は変えられない。

 

 ならば——!

 

「約束くらい……ちゃんと守れ!!!」

 

 迫る刃の軌道上へ、掠れた両手をさらけ出す。

 

 手のひらを貫く鉄の感触。

 先ほど感じた痛みなど比ではない激痛が走り、抑えきれない絶叫と嗚咽が溢れ出た。

 

「ぐぅ……!! へ、へ……どうだッ! 舐めるなよ……! これでも頑丈なんだ、ぞ!!」

 

 貫通した両手の傷口から、赤い血が留まりなく溢れて地面を染めていく。

 

 常軌を逸した「受け」に直面したからか、レンの血のように紅い瞳がわずかに驚愕で見開かれた。

 

——隙だ!!

 

 今度は俺の番だとばかりに渾身の力を乗せた右足で蹴り上げる。

 刺さった剣の柄を握るレンの手元を狙った一撃は、吸い込まれるようにして直撃した。

 

 体勢を崩したレンが僅かに後方へつんのめり、柄から手が離れる。

 

 その隙に、まずは右手を刃から引き抜いた。

 

「……痛ッてぇ……!!」

 

 幸い、剣先が深く刺さる前に柄を弾いた為、致命傷には至っていない。

 

 出血は酷いものの、筋肉は繋がっている。

 

 レンは追撃してくることなく、変わらず感情を感じさせない冷たい眼光でこちらを観察していた。

 

 その隙を見逃さず、俺は左手からも血に濡れた刃を抜き去った。

 

 ——痛い、痛いが……魔獣に噛みつかれた時よりはマシだ。

 

 正直、ただの強がりだった。

 

「………………」

 

 血に染まる手で握る剣は先ほどよりも弱々しい。

 

 足元の小石に俺の流した血がポタポタと落ちて広がっていく。

 

 ——真剣勝負が、こんな状況じゃなければよかったのに。

 

 俺の抱いた思いが届くことはなく。

 

 目の前の友の瞳は、どこまでも暗く、冷たかった。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。

これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!


あなたにも風の導きが有らんことを

にしみん

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