変節 Ⅲ
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混戦と覚悟のお話
隊長たちが頑張ります!
痛覚を認識するより早く。
影は突然現れた。
次いで、重い衝撃が全身を襲う。
獅子が獅子の子を運ぶ時によく似ている。
襟首を横暴に掴まれ、視界が回る。後方で耳をつんざくほどの轟音と魔力波が響くのが分かった。
「……遅いです」
「これでも新記録だ馬鹿」
「仕事は終わらせてきたんでしょうね」
「当たり前だ。お前ほんと……素直じゃねぇよなぁ」
いつも通りの軽口の応酬で精神を落ち着かせる。
僕の状態を確認した彼は、パッと手を離した。
そして離した手を剣の柄へと伸ばし、魔力弾の隙を縫って飛び出してきた死体を斬り伏せた。
飛び散る血飛沫、死体の咆哮、突然の助太刀に衝撃を受ける見習い騎士たちの声。
「……次から次に。人間は数が多くて嫌だわ」
ミリアの心底軽蔑した言葉に、クリスは余裕のある表情で肩を竦めて返した。
「王都はこんなもんじゃないぜ、嗜虐者さん」
表情こそ余裕に見えるが、その実、内心焦っているに違いない。
クリスが状況を理解していないわけではないので、策があるのは間違いないのだろう。
沈黙があった。
数秒か、数十秒だったかもしれない。
次の死体の攻撃が来ないことを考えるに、どうやら相手の注意を引くことには成功したようだ。
ミリアの顔色は「愉しい」という表情から、「苛立ち」へと塗り替えられていく——
「そんなに死に急ぎたいの? お望み通り殺してあげましょうか?」
「できるもんならやってみろよ。圧倒的な弱者にのみ狙いを絞ってるあたり、魔術に自信がねぇんだろ?」
クリスが一瞬だけ目配せする。その目配せで大体察してしまった……不本意ではあるが。
彼の行動の意図を理解した上で、僕は彼の仕掛けた挑発に乗ることに決めた。
「魔術に長ける妖精が、僕のような半人前と直接魔を競わないのはそういった経緯でしたか。——数の暴力で仕掛けているのが何よりの証拠ですね」
「………………」
重い、重い沈黙だった。
次の瞬間には先ほどの魔力弾すら凌駕する高位魔術が飛んでくるかもしれない。
声が震えていないことが幸いだ。
それでも——隣に立つ彼の翡翠色の瞳が物語っている。
——信じろ
読み取れた言葉はたったそれだけ。
それでも充分。彼は往々にして突発的な行動を取るが——経験上、戦場においてその行動は希望になる。
ミリアが我慢の限界と言わんばかりに魔力を生成したのと同時に、再び死体の群れが動き出す。
後方で響いていた剣劇の音は、いつの間に聞こえなくなっている。
「彼女は僕が押さえます」
「なら、人形の相手は任せろ」
短い会話。
作戦会議とも言えない少ない言葉でも、お互いの思考回路が手に取るように分かった。
「そう——お遊びはここまで、ね」
一歩前に出る。
エルンが涙をこらえながら僕とクリスの名前を呼ぶ声が聞こえたが、応える余裕は既にない。
——真正面の魔術戦はいつ以来だろう?
そんな緊張感のない思考が胸に落ちた。
——生体回路接続。
体内を巡る二つの属性が熱を帯びた。
「あなたは……——お前は! 特別無惨に切り裂いて! 焼いて! 沈めて! 念入りに壊してあげるッ!!」
ミリア・エインズワースの悲痛にも似た公言。
「そうはいきません。生憎と——果たさなくてはならない約定があるので」
彼女は悲しき復讐者。
同胞を奪われ、過去に囚われた告発人。
罪人に裁定を下さんとする在り方は、きっと正しい。
それでも——
僕は彼女を否定する。
◇ ◇ ◇
空になった無数の薬莢が地面に転がっている。
引き金を何度絞ったのか、もはや覚えていなかった。
敵襲の報せが届いたのが約三分前。
防衛ラインを決め、東の方角にディルック隊長とエウルア隊長が駆けていったのが数十秒前。
彼らが防衛地に到着するまでに撃ち殺した死体の数は二十を超えていると思う。
腕や足を撃っても動きを止めないのは厄介ではあるが、頭か心臓を正確に撃ち抜けば活動を停止する。
——つまり、「人間」と変わらない。
『ディルック、位置についた』
『エウルア、同じく位置についたわ』
耳に装着した「伝心具」から二人の隊長の声が聞こえる。
東の最終防衛ラインまでそれなりの距離があったはずだが、早々に辿り着いたようだ。
「了解」
照準鏡越しに全体を見回す。
南、西、そして——北。
「北から来てる、気をつけて。……援護する」
『『了解』』
木上からの狙撃で警戒すべきは、周囲の状況変化と見落とした敵の襲撃だ。
「モーニエ、追加の弾薬を持ってきたわ」
「負傷した者の治療も順調だ。……相変わらず、入れ替わり立ち替わりに防衛地に戻っていくがね」
それにも注意を割く必要がない。
周囲の警戒はハイネ隊長がしてくれているし、護衛についている騎士も少なからずいる。
私はリサ隊長が手渡してきた弾丸の装填クリップを受け取りながら、次の標的を決めた。
「物資、足りそう?」
一発放つごとに肩を突く反動を感じながらリサ隊長に問う。
薄香色の髪を払いながら、彼女は安心させるように頷いた。
「充分だわ。……団長、こうなることが分かっていたのかしら?」
「どうだろうな……あの方が、どこまで想定していたかによるが……」
もう一度、引き金を絞る。
排出口から跳ね飛び、足元へ転がる空薬莢。
そこから微かに漂う火薬の匂いが鼻をくすぐった。
『少なくとも、例年より防衛地の備えが多いのは確かだな』
『夜間の巡回も、ね』
照準鏡越しに死体が舞うのと同時に、液体が飛び散るのが見えた。
その様子を見届けることなく、次の標的に狙いを定める。
「次、南」
再び鼓膜を揺らす銃撃音。
加えて、ささやかな反動。
時折報告に現れる騎士は、ハイネ隊長が新たな指示を飛ばすと足早に去っていく。
リサ隊長は物資の残表に目を走らせながら、適切に配分している。
順調だ。
——今のところは。
「それにしても……モーニエは凄いわ、よくこの距離で当てられるわね」
余裕があるゆえの称賛なのだろうか。
リサ隊長は次の弾丸を差し出しながら笑いながら言う。
同意するようにハイネ隊長が鼻を鳴らしたことで、戦況はそこまで悪くないことが分かった。
私は照準鏡に視線を落としたまま、答える。
「……団長なら、照準鏡がなくても、当てる」
『……本当か!? ……いや、あの方なら……有り得ん話ではないか』
『……リサは"普通の人"の話をしてると思うわよ』
「そ、そうよ! その通りですわ! おほほ……」
「ゴホンッ! あー……なんだ、その……ディルック! 君はどう思う?! モーニエの腕は素晴らしいと思わんかね!!?」
『と、……当然だ! 何を今更! はは……』
『逆効果だわ……』
——もしかして、慰められてる?
「……別に」
急に乾いた笑いで擁護されると、妙な気分になる。
それも、四人から。
なんだか気に食わなくて、偶然目に入った敵の頭に鉛弾をぶち込んでやった。
いつも精神を落ち着かせる火薬の匂いが、今だけは鬱陶しい。
これでは私が……癇癪を起こしてるみたいだ。
「…………そ、そういえばアルト隊長は何処へ!?」
「あの方とは……昨夜の巡回でお会いした限りですわね……?」
『また徘徊してるのか!? それとも引きこもっているのか……?こんな状況だというのに!!』
『仕方ないわ。あの方に限らず《十二勇士》の方々は自由奔放、気随気儘、心の赴くまま——』
自分でも意識するより早く、手が動いた。
役目を果たした薬莢が、金属音を立てて落ちる音が、銃声に掻き消されていく。
「「………………」」
『『………………』』
先ほどまで騒がしかった周囲が一瞬で静まり返った。
次いで「伝心具」から聞こえていた二人の声も。
胸中に渦巻く感情は一つだけ。
「アルト様の悪口を言うなッ!!」
——パァーン!!という銃声はやけに大きく響く。
私は苛立ちを向ける相手を四人から、未だ数を減らしていない死体に向けた。
——あの方には考えがあるんだから。
先ほどまで手に伝わっていた反動は、少しも感じなくなっていた。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。
これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!
あなたにも風の導きが有らんことを
にしみん




