足取りは軽やかに ⑥
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説明口調な地の文や描写に加え視点がコロコロ変わります、ご容赦くださいませ。
「――フォカロスはあの戦いで全滅した。ただ二人を除いてな」
クリスの重苦しい補足により、いよいよシルフィーネという少女の持つ異様さと、その背景にある「深淵」の輪郭が際立ってくる。
現在十五歳なら、六年前は当時わずか九歳。そんな幼い年齢で、騎士団最凶と謳われた遊撃部隊に所属していたなど、常識では到底考えられない。
だがシノアの知る限り、普段は不真面目なクリスはともかく、ミカがこのような重大な局面で虚言を吐くような人物ではないことを、彼女は痛いほど知っていた。
好きな人物の背中は、いつだってよく見えるものなのだから。
「当時、何かあったってこと――?」
シノアが縋るようにミカに視線を投げかけたが、ミカはそれ以上過去を語るつもりはないのか、シノアの視線を突き放すように絶ちきり、再び目の前で火花を散らす《朔風騎士》と《疾風の絶槍》の次元を超えた戦闘へと、その鋭い栗色の視点を戻した。
シノアの問いかけに、秘密を握るローラが何か口を開こうとした――まさにその刹那。
突如として近くの木々が激しく、狂ったように揺れ動いた。
それは、今まさに目の前で繰り広げられているフリンズとシルフィーネによる、凄まじい代理決闘の余韻とは全く違う――異質で、暴力的なまでに禍々しい気配だった。
『追加の魔獣を連れてきたわよ~! ちょっーと調整ミスっちゃったけど、皆なら大丈夫よね?』
空間に響き渡ったのは、機器など何一つ存在しないはずの深い森の奥底にまで、魔術の拡声によって容赦なく叩き込まれた天真爛漫な声。
この聖ラウラント王国における『歩く天災』にして、自称天才妖術師ベアトリクス・ベルカンプの声だった。
「ふざけるな!! 事前に聞いてないし、頼んだ覚えは一切ないぞ!! 返品だ、返品!!!」
普段の冷静さはどこへやら、ロディ団長の地響きのような怒号が即座に森へ響き渡る。
だが、彼女の気まぐれによって放たれてしまったものは、いかに最強の団長といえど今更仕方がなかった。
恐らく此方に向かって刻一刻と迫っているであろう、通常の生態系を完全に無視した魔獣の凶悪な個体に、ロディは内心で『あとで絶対に、ルーシャ(魔術管理局長)に直接言いつけてやる……!』と、固く固く決心していた。
直後、本当に地震かと見間違うレベルの、凄まじい質量を伴った地鳴りが足元から世界を揺るがした。
大気が激しく震動し、視界が歪む。
凄まじい揺れに足元を奪われ、転倒しそうになったローラを、隣にいたクリスが抜群の反射神経で瞬時にその細い身体を支える。
そしてミカが、近くで体勢を崩した姉のシノンを支えようと手を伸ばす、まさにそれよりも早く――
パニックと本能に突き動かされたシノアが、ミカの右腕へと狂おしいほどの力でガシッと抱きついたのだった。
「あ、ちょ――っ!?」
まさかこの極限状態の戦場で、背後から全力で飛び付かれるとは思っていなかったミカは、驚愕に栗色の目を見開き、僅かにその体勢を崩した。
それでもそこは流石のヴァルンクラッド流の使い手。
コンマ数秒で驚異的な身体能力を発揮して重心を強引に支え直し、自身の腕にしがみつくシノアの重みを受け止めながら、ついでとばかりに左手でシノンの転倒を完璧に阻止してみせた。
「……び、びっくりしました……。ありがとうございます、クリス様――……クリス様……?」
クリスに抱きとめられていたローラは、ホッと息を吐いて礼を言おうとしたが、その視線はすぐにミカの腕へと注がれる。
クリスがシノアのあまりに大胆な行動に呆れ果てて、深く大きな溜め息を吐き出す方が一瞬早かった。
「……はぁ、シノアの奴、マジで頭の中がお花畑なのか? 今がどういう状況か分かってんのかよ……」
クリスが心底憐れむように額を押さえる手前で、ローラはしっかりとシノアの表情を確認していた。
それは恐怖に怯える暗殺者の顔などでは断じてなく、明らかに分かりやすくボッと林檎のように照れ果てた、一人の可憐な乙女の顔。
激しい地鳴りの揺れが完全に収まったにもかかわらず、そのミカの逞しい腕から、絶対に離れようとしない意志が透けて見えるほどだった。
――相当に鈍い人物ではない限り、シノアがミカに対して抱いている感情の正体に、この瞬間に気付くだろう。
「ははーん……!! これはぁ……! なるほど、そういうことですか!」
スクープを嗅ぎつけた記者のような顔でニヤリと笑い、声を弾ませるローラ。
しかし――その肩を支えていたクリスは、冷徹なまでに低い、彼女にしか聞こえないほどの囁き声で静かに釘を刺した。
「言っとくがローラ様、シノアのその手の助け……恋愛成就のサポートなんて、絶対に止めといてくれよ。貴女だって、ミカが使う《ヴァルンクラッド流》の使い手の、致命的な特徴は知ってるだろ?」
「それはそうですけど……。でも、同じ乙女として、あんなに一生懸命な彼女の恋路を応援したい気持ちが、どうしても湧き上がってしまいまして……」
「……マジで止めといた方がいいぜ。シノアの事を『本気で友人だと思っているなら』尚更な」
「おや? それはどうしてです? 友人の純粋な恋路なら、側から応援してあげるのが優しさというものでは?」
不思議そうに首を傾げるローラに対し、クリスはただ静かに、冷たい森の空気に溶けるような声で告げた。
「――叶わねぇよ。シノアの恋ってやつは。絶対に、な」
その声は、ただの意地悪でも、ましてやシノアに対する憐れみですらなかった。
そこにあるのは、世界の法則を語るかのような、絶対的な『不可能性』の確信。
ローラは持ち前の記者としての鋭い勘で、クリスの言わんとしている重い言葉の裏を察しようとして――
目の前の茂みを圧し折って迫り来る、ベアトリクスの連れてきた『本物の脅威』の足音に、強制的に思考を戦いへとシフトチェンジせざるを得なかったのだった。
◇ ◇ ◇
何度目かの激しい打ち合いの果て、ようやく互いの本当の“本気”を引きずり出せる、まさにその直前で魔獣襲来の地鳴りが轟いたのは、シルフィーネにとっては最悪の不運であり、フリンズにとってはこれ以上ない幸運に分類されるものだった。
一瞬にして戦闘の血が冷めていくのを自覚したシルフィーネは、一切の躊躇なく、その鋭い刃の矛先をフリンズから迫り来る魔獣へと移した。
「はぁ……最悪。こんな機会、滅多に無かったのにさぁ」
「残念でしたね。――しかし、ここで交戦を続けずに即座に周囲の防衛へと切り替える辺り、流石は《朔風騎士》の称号を預かった最高位の騎士と言わざるを得ません」
「何それ……嫌味にしか聞こえないんだけど」
「純然たる褒め言葉ですよ。ヴァラキー姉妹の処罰を有耶無耶にされたのは僕も同感ですしね。……それにしても、ベアトリクス嬢の身勝手さには本当に困ったものです」
――この二人、案外気が合ったりするのかもしれない。
張り詰めた空気を一瞬で切り替えて並び立つ二人の背中に、そんな場違いな思考がレンの脳裏を過る。
だが、直後に肌を刺す無数の殺気に、レンは即座に愛剣を抜刀した。
凄まじい地鳴りと共に、森の木々を薙ぎ倒して大型の魔獣や、上空を覆い尽くすような飛行型の魔獣が周囲に次々と湧き出していく。
「うわぁぁ……! 爆発の次は魔獣召喚とか、マジで勘弁してくれ……!」
「誰か、頼むからベアトリクス嬢をあの職務から下ろしてくれぇ~!」
口では情けない泣き言を喚き散らしながらも、そこは流石に歴戦の聖ラウラント騎士団。
押し寄せる凶悪な魔獣の群れを、各自の洗練された剣技で次々と鮮やかに薙ぎ倒していく。
「くそっ! これだから《試験プロセス》ってやつは嫌なんだよ!!」
「ラバ先輩、去年よりは遥かにマシな方ですよぉ……!」
ラバックとエルンが押し寄せる肉塊を剣で斬り裂きながら必死に嘆く。
昨年の凄惨な《試験プロセス》の内容を知らないレンが、剣を構え直しながら大声で問うた。
「あー…… 去年は一体、何があったんだ……!?」
「レン、聞いたら今夜は恐怖で眠れなくなると思うけど、本当にいい?」
「逆に気になって、どんな状況でも寝られん!!」
そんな第六小隊の面々が背中を預け合いながらわちゃわちゃと騒いでいる間も、部隊の要であるミカは至って冷静に、鋭い指示を戦場に飛ばし続けていた。
「偵察部隊! ローラ様の護りを第一とし、速やかに森の出口へ向けて撤退! ――クリス、他部隊のフォローと前線の維持は任せましたよ」
「りょーかい。任せときな」
ミカが的確な指揮で場を支配する間も、恐怖と興奮でパニックになったシノアは、未だにミカの右腕をがっちりと掴んだまま離す様子がない。
見かねたシノンが、流石にこの非常事態に妹を強く咎めようとした、まさにその時――ミカの身体が冷徹に動いた。
「――ヴァラキー姉妹。何をそこで突っ立っているんです? 偵察部隊には、最優先でローラ様の護衛を命じた筈ですが?」
「え!? で、でも……私たち、今は武器がなくて非武装だし……!」
「関係ありません。戦場で武器がないと言うなら、そこら辺に転がっている敵の死体からでも何からでも、今すぐ力ずくで調達しなさい! 行くぞ!」
有無を言わせぬミカの鋼の如き叱咤に、ヴァラキー姉妹は揃ってビクッと肩を震わせ、「ひ、ひゃい!」と情けない返事をして飛び出すしかなかった。
その光景を後方から眺めていたロディ団長とアルハイサム書記官は、なんとも言えない複雑な表情を浮かべていた。
その間に、突入してきた大型魔獣の群れをものの数秒で、影さえ残さず片付けたシルフィーネとフリンズが、何事もなかったかのように地面に着地する。
「――団長、やはり彼女たちには相応の重い処罰が必要では?」
「まぁな……。だがそれよりも、ベアトリクスへの公式な苦情の申し立てが先だ。お陰で試験の場が完全に台無しだぞ」
「激しく同感です。……そのせいで、私の今日の退勤時間が大幅に遠のいています。この時点で、既に一時間以上の不当な残業が確定しているというのに……!!」
王国重鎮たちの、至極現実的で容赦のない不満の言葉が次々と溢れ出る。
そんな中、ロディは不意に視線を巡らせ、隣に立つシルフィーネの横顔に静かな視線を投げかけた。
――戦いの『余韻』は忘れられるか? 大丈夫か、あの薬を服用した方がいいんじゃないか?
彼女の深い深淵を理解する団長からの、無言の気遣い。シルフィーネはフッといつもの掴めない笑みを浮かべ、小さく首を振った。
「平気」
「そうか。なら、お前の仕事を果たしてこい」
ロディの声に短く頷くと、シルフィーネは未だ混乱の最中にある偵察部隊の面々が駆けていった方向へと、風のように軽やかにその身を躍らせて去っていった。
残されたフリンズを見やり、ロディは面白そうに口の端を釣り上げる。
「お前も、結構本気だったろ? シルフィ相手にさ」
「――仕方がありませんでしたからね。……仮にもあの《朔風騎士》です。彼女相手に少しでも手加減などしていれば、こちらが重傷を負い、それこそ今のような有事の際に、騎士団全体の不利益となる面倒を引き起こす可能性がありましたから」
「ははっ! 違いない。お前が遅れを取る姿なんて、見たくもないからな」
互いの実力を誰よりも認め合っているからこその、短い会話。
そもそも、シルフィーネは最初からこの代理決闘だけでヴァラキー姉妹の処罰を完全にチャラにできるなどとは微塵も思っていなかった。
だが副団長という最高位の男の面目を保ちつつ、この場を切り抜けるには、それ相応の張り詰めた“空気”という舞台装置が必要だったのだ。
対するフリンズもまた、そんな彼女の意図を完全に察した上で、あの緊迫したお芝居に付き合っていた。
すべては、あの甘ったれたヴァラキー姉妹に、自分たちが犯した規律違反の『本当の重み』をその身で実感させるために。
ロディ団長が終始見せていた余裕の笑みは、そんな優秀な部下二人の意図をすべて見抜いていたからに他ならない。
――そして、その高度な『お芝居(戦闘)』に巻き込まれ、純粋に書類作業と残業を増やされたアルハイサム書記官だけが、この場で唯一の、完全なる被害者であった。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。
これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!
あなたにも風の導きが有らんことを
にしみん




