足取りは軽やかに ⑤
この作品を手に取っていただき、ありがとうございます✨
説明口調な地の文や描写に加え視点がコロコロ変わります、ご容赦くださいませ。
後方でそのやり取りを聞いていたシリカ・ミュールは、ここに至ってようやく、自分がとんでもなく壮大で、取り返しのつかない過ちを犯してしまったことに気付かされた。だが、すべては既に手遅れだった。
本来、騎士団内部での私闘は厳禁。
しかし、団長や書記官という最高位の重鎮が立ち会う公の場に限り、古くから伝わる理不尽な筋肉解決システム――勝った者の言い分が正義となる『騎士の対話(代理決闘)』の申し出を拒むことはできない。
「―― 一度、貴方と「本気」で戦ってみたかったんだ。遠征先での副団長は、明らかに手加減して私の相手をしてたし? ね?」
「君の底の浅い『遊び』に付き合っている暇はありませんね」
「逃げてもいいよ? その代わり、我が国最高峰と謳われる《疾風の絶槍》の称号に、一生消えない泥がつくことになるけれど」
ピツ、と張り詰めた空気が爆ぜる。
遠くの空で囀ずる鳥の声さえ、この深い《影落の森》の闇には届かない。
王国の守護者たる《疾風の絶槍》フリンズと《朔風騎士》シルフィーネ。二人の絶対的な強者の視線が、空間を爆裂させるほどの密度で真っ向から激突した。
――あの日、一度死んだ少女の遺言か。それとも、失われた『生の実感』を求める飢餓か。
その深淵を覗き込んだ者は、誰もが本能的な恐怖に総毛立つだろう。目の前に佇む美しき騎士の皮を被った怪物は――その心の奥底に、底知れぬ『狂喜』を飼い慣らしているのだ、と。
◇ ◇ ◇
腰に吊った剣が揺れた、その硬質な音でようやく思考が追い付いたことにレンは気付いた。
状況は、正式な騎士に任命されて間もない自身にすら理解せざるを得ない程に緊迫していた。
ただの小競り合いなどではない。国家の双璧とも言える実力者同士の、文字通りの激突だった。
「団長! 早く止めてください! まずいなんてものじゃないですよ!!」
ラバックが必死に団長へ助けを求めるが、先程『一切口を挟まない』という宣言通り、ロディ・グランベルクは微動だにしなかった。
この場に最高権威である団長と、立ち合いの正当性を担保する書記官が揃ってしまっていたのも、騎士団の規律上、不運と言わざるを得ない。
もっとも、この命懸けの立ち合いを心の底から望んでいた当事者にとっては、幸運以外の何物でもないのだろうが。
「万が一大怪我するようなら、俺が責任を持って止める」
「よろしいのですか?ロディ団長閣下。並の騎士同士の決闘ならいざ知らず、彼らは高位の称号持ち。ましてや、王国が誇る《十二勇士》同士の決戦ですよ」
書記官の厳格な追及に、ロディは頭を掻きむしりながら深く溜め息を吐き出す。
「わーってる。はぁ……シルフィに関しては遠征先でも相当暴れたって聞いてたが、逆に火を付けちまってたかぁ……」
「団長!!!」
どこか他人事のように構える団長にラバックが怒声を叫ぶが、当の本人は大して危惧していない。
実力を誰よりも知っているからこその静観なのか、それとも人外の領域にある彼特有の余裕なのか。
しかし、巻き込まれた偵察部隊の面々はそうもいかなかった。
隊員たちは、事の元凶である同僚のヴァラキー姉妹に向けて、『本当にとんでもないことをやってくれたな』と言いたげな、冷ややかで突き刺さるような視線を送った。
彼女たちを呼びにいったシリカに至っては、『助けを求める相手を完全に間違えた……!? でも、あの状況で他に誰を呼べば良かったの……!?』と、己の選択が招いた最悪の盤面に涙目で大混乱していた。
「――何故、こうなった……。僕は彼女たちに、普段から散々注意をしてきた筈です……」
「同感だ。おい、おめぇら。ミカの忠告をあれだけ散々無下にしやがって……!」
「うぅ……」
「……だ、だって……」
クリスに凄まじい気迫で咎められ、何も言い返せないヴァラキー姉妹。
そんな周囲の阿鼻叫喚を置き去りにしたまま、代理決闘の歯車はもう誰にも止められない。
「――随分楽しそうですね、シルフィ」
「そりゃそうだよ。貴方相手なら、全力で戦えるからね」
双方の間合いは僅か数メートル。どちらかが一歩でも踏み込めば、一瞬で距離がゼロになる極限のゼロ距離だった。
周りの騎士たちが固唾を飲んで静まり返る。
常時ならこんなスクープを前にカメラを構え、鼻息を荒くして興奮するはずのローラは、さすがに空気を読んだのか、少し離れた安全な位置から静かに緊迫した盤面を見つめていた。
すう、と風が吹いた。
それは決して強い突風などではない。だが、まるで神が試合を始めるために吹いた笛のような、あまりにも不気味な風だった。
次の瞬間、シノアの耳に届いたのは、金属同士が激しくぶつかり合う鈍く重い衝撃音だった。
――速すぎる。
視界には残像ばかりが焼き付き、常人の目では二人の正確な姿を確認することができない。
それでも、最前線で刃を交え続けてきたミカやクリスたちの瞳には、その超高解像度の軌跡がしっかりと見えているのか――
「――滅茶苦茶だな、相変わらず」
「はい。……ですが、やはり突出しています」
剣と剣、異なる流派であるかさえ常人では捉えられない超高速の剣舞。
時折、細いナイフが鋭く風を切る音が響き渡り、剣ではない何かが激しくぶつかり合う鈍い音が届く。
「……見えるか、ラバ」
「ギリギリね……。シルフィーネ様の闘いを見るのは初めてじゃないけれど、流石に手数が多すぎる。片手剣を使いながら、左手の鞘まで防具兼打突武器として駆使して動くなんて、普通は脳の処理が追いつかないよ……」
「はい。柔軟な身のこなしが特徴と言われる我が《フェリス流》の剣技を以てしても、あんな変幻自在な闘い方は絶対に真似できません」
「でも、副団長も流石に化物だな。次に相手がどんな角度からどんな攻撃を仕掛けてくるか絶対に分かってない筈なのに、その超反応で全部対処してる……」
実力は完全に拮抗している。そう、ヴァラキー姉妹は目の前の光景に確信した。
闘いはさらに苛烈さを深め、激しい衝突の余波によって時折此方へ飛来してくるナイフや、二人の尋常ならざるフットワークにより激しく蹴り上げられた石があったが、それらがローラやヴァラキー姉妹に直撃する前に、ミカとクリスが最低限の動きで完璧に叩き落とし、周りの騎士たちも各自で自衛する息詰まる時間が続く。
「これ……勝負決まるの……?」
あまりの次元の違いに恐怖を覚え、シノアが掠れた声で呟き、姉のシノンが「分からない」と青褪めた顔で小さく相槌を打つ。
「――勝負を決める、というより。シルフィはこの闘いを終わらせたくないのかもしれませんね」
「は? 何それ、どういう意味よ?」
「言葉通りの意味だよ。あいつ、この至高の時間を長引かせる為に、致命的な踏み込みを避けてわざと防御と牽制に徹してやがる。副団長が痺れを切らして、隠している実力を十分に発揮せざるを得なくなるようにな……」
クリスの冷徹な言葉に、呆気に取られるヴァラキー姉妹。
あんな命懸けの攻防の中で、戦いを引き延ばそうとしているなど正気の沙汰ではない。
シノンは恐怖を押し殺し、事情を知っていそうなローラに必死の形相で質問を投げかけた。
「どういう事なの……!? 普通、闘いって『相手を早く倒したい』って思うんじゃないの……ねぇ、ローラ! あのシルフィーネって子、一体どういう意図であんな狂ったことしてるの!? 王族のあなただったら、何か知ってるんじゃないの!?」
「そうですねぇ……。これはあくまでも、私の個人的な推測なんですけど。……シルフィーネ様は『勝利』よりも、己が生きているという『実感』を求めているのではないかと」
「……実感?」
ローラの言葉に、ますます意味が分からないという表情を浮かべるシノアとシノン。
そんな二人に、ローラはどこか哀れむような視線を向け、静かに言葉を付け加えた。
「お二人は――《血嵐戦争》をご存知ですか?」
「な、名前くらいは……聞いたことあるけど……」
「今から約六年前に我が国を襲った、最悪の《天災》です。あぁ、ベアトリクス様の方の天災(人間)じゃないですよ?」
せめてもの緊張緩和のジョークなのか、ローラが不敵にニヤリと笑いながら言う。
だがヴァラキー姉妹は「今はそういうのいいから!!」と血相を変えて先を促した。
「……その《天災》によって、我が国の騎士団は壊滅寸前の一大打撃を受けました。無事に元凶の要因は取り除かれたものの、あまりにも被害は大きく……。特に当時の先鋒であった遊撃部隊の『消耗』が凄まじかったと、王宮の記録に残っています――この天災以降、シルフィーネ様の様子が、人が変わったように思えるんですよねぇ……」
ローラは思考の海に深く漂うように、美しい瞳をを細めた。
過去の極秘文献を漁るうちに、とある恐るべき仮説が彼女の中で確信へと広がっていったのだ。
「その《血嵐戦争》がなんだって言うのよ! 六年前だったら、彼女だってまだほんの子供じゃない!」
「ええ、普通ならそうでしょうね。まぁ……何事にも例外ありき、と言いますか。お二人は知らなくて当然だと思いますが、シルフィーネ様は――」
「当時の最前線遊撃部隊――《フォカロス》の生き残りなんですよ、シルフィは」
シノンの叫びに答えたのは、ローラではなくミカだった。
彼は当時の凄惨極まる光景を脳裏に思い出すかのように、痛ましげに一度目を閉じ、暫くして鋭く開いた。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。
これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!
あなたにも風の導きが有らんことを
にしみん




