足取りは軽やかに ②
この作品を手に取っていただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです✨
前回に引き続き、視点がコロコロ変わります。
また稚拙な描写や表現が含まれますが、ご容赦くださいませ。
ローラが最高に輝かしい笑顔で高らかに宣言し、自信満々の一歩をさらに踏み出した、まさにその瞬間――
ドゴォォォォンッ!!!!!
彼女たちの僅か数歩先、霧の向こうにある巨大な大木に向かって、全長二メートルは優に超えているであろう異形の人工魔獣の巨体が、凄まじい質量と速度で叩きつけられた。
受け止めた大木が、メキメキメキッ!! と悲鳴をあげて真っ二つにへし折れる。
「ひっ……!?」
「っ……!!」
周囲の草木にどす黒い血が派手に飛び散り、引き裂かれた腹部から内臓を覗かせた魔獣は、まともな断末魔すらあげる猶予もなく、その場で完全に絶命した。
衝撃で両目からは血が噴き出しており、もしも何も知らない一般の可憐な少女がこれを見れば、間違いなくその場で発狂して悲鳴を上げていただろう。事実、ヴァラキー姉妹は一瞬にして身体を硬直させ、激しく息を呑んだ。
しかし――肝心の案内役であるローラはといえば、うわ、と言いたげに少しだけ顔を顰めて歩みを緩めただけに留まったのだった。
ローラは日頃からスクープ目当てであらゆる修羅場を駆け回っており、騎士団の血生臭い実戦訓練も可能な限り物陰から追い続けている。
したがって、凄惨な「死体や血溜まり」に対する耐性はそこらの人間よりも遥かに高かった。
対してヴァラキー姉妹は、元は殺人ギルドに所属していた凄腕の暗殺者である。
当然『人』を殺すこと、その血を浴びることには人一倍慣れていた。
だがそれはあくまで標的の動脈や首筋を一瞬で確実に、かつ綺麗に狙う「効率的な暗殺」の世界での話。
ベアトリクスが作り出した悪趣味な人工魔獣が、騎士団の怪物たちの暴力によって物理的に肉塊へと叩き潰されるような、凄惨極まるグロテスクな光景は彼女たちの専門外であり、そのような猟奇的耐性はほぼ皆無に等しかったのである。
つまり、何が言いたいかと言うと――
この地獄のような惨状を前にして「ちょっとグロいですね」程度で済ませているラウラント王家の血筋が圧倒的におかしいだけであり、凄惨な光景にきちんと恐怖して息を呑んでいるヴァラキー姉妹の方が、圧倒的に人間として「正常」なのであった。
へし折れた大木の向こう、立ち込める血煙の霧の奥から、ゆっくりと数条の足音がこちらへと近づいてくる。
響く足音。それは絶命した人工魔獣の安否を確認しにやって来た、既に現地に到着して《試験プロセス》を戦い抜いている小隊の騎士たちだった。
その中に見知った顔を見つけたヴァラキー姉妹が声をかけるよりも早く、彼らを率いる小隊の隊長らしき男が、私服姿の姉妹とその後ろで目を輝かせている王族のローラを認め――その瞬間、まるで世界の終わりでも見たかのように激しく戦慄した。
「ロ、ローラ様!? 何故このような危険な場所に……!?」
「シノアさんとシノンさんをお連れしましたっ!」
「『お連れしました!』ではありません!! 汚れなき王族の御方が、魔術師管理局の毒草が自生するこんな呪われた場所に立ち入るなど……! ああ、神よ……私はロディ団長になんと報告すればいいのだ……っ!!」
国家規模の大不祥事に直面し、頭を抱えて絶望する隊長。
その彼を尻目に、小隊の列からヴァラキー姉妹と面識のある一人の少女騎士が、大慌てで二人に駆け寄った。
「二人とも……! 一体全体、そんな私服姿で何をやってるの!? って言うか、大大遅刻だよっ!?」
そう言って顔を真っ青にしたのは、前線部隊 第十二小隊に所属する一六歳の少女騎士、アローズだった。
真面目でとっても優しい彼女は、集合当初の張り詰めた現場の空気を手短に二人に伝えてくれる。
その場で副団長から直接の追及(=即座の首チョンパ)がなかったことに、姉妹はほんの少しだけ安堵の息を漏らした。
しかしアローズの落ち着かない様子は、目の前の友人たちのあまりに絶望的な未来を心底心配しているからに他ならなかった。
「だ、だって……昨日の凱旋パーティーで、先輩の騎士が今日は休みだって言ってたんだもん……」
「パーティーの翌日……いえ、正確にはわずか数時間後? に、急にこんな実戦の試験が始まるなんて思わなくて……」
ヴァラキー姉妹が弱々しく口にしたその言い訳を聞き、信じられないものを見たというようにアローズの表情が苦悶に歪んだ。
いつも冷静な少女は、一度深く深呼吸をして己を落ち着かせると、懇々と諭すように、そして極めて冷静に解説を始めた。
「いい?二人とも、よく聞いて。例え同じ騎士団の仲間であっても、『もたらされた情報』が必ずしも常に正しいとは限らないの。二人は騎士団に入って間もないし、こういう抜き打ちは初めてだから戸惑うのも無理はないけれど……今朝、あの宿舎中に大音量でシルフィーネ様からの緊急放送が響いたでしょう? その音が鳴り響いた時点で、事前の『休み』なんて言葉は一切関係なくなるの。それが騎士団の鉄の掟だよ」
「で、でも……」
「だって、あんな盛大なパーティーのすぐ翌朝にだよ……?」
暗殺者としての常識が抜けず、理不尽な騎士団のシステムにいまだ納得のいかない様子で反論しようとする姉妹。
アローズは一瞬だけ哀しげに目を閉じ、さらに言葉を尽くして詳しく説明を重ねた。
「考えてみて。本物の敵は、私たちが何時、どんな状況で油断しているかなんて関係なく襲ってくる。盛大なパーティーの最中だろうと、神聖な祭事の最中だろうと……ね。寧ろ、お酒を飲んで、誰もが完全に油断しきっている『その瞬間』こそを狙って、冷酷な奇襲を仕掛けてくるかもしれない。だから、このフリンズ副団長が主催する《試験プロセス》っていうのは、形式こそ試験だけど、その本質は『本物の実戦』と全く同義なんだよ」
アローズの理路整然とした、しかしどこまでも温厚で丁寧な説明の前に、ヴァラキー姉妹は完全に言葉を失い、ぐうの音も出なくなった。
そんな彼女たちへ、先ほどまでローラと必死に言葉を交わしていた小隊長の騎士が、静かに向き直った。
その表情は既に一人の騎士としての真剣なものに変貌しており、どこか哀れみの色さえ混じっている。
「シノア・ヴァラキー、シノン・ヴァラキー。これ以上の私語は不要だ。とにかく、我々に付いてきなさい」
「「は、はい……」」
有無を言わせぬ圧に、二人は小さく首を縦に振るしかなかった。
小隊の厳重な被護衛者兼、ちゃっかり取材目的で付いてくるローラに連れられ、鬱蒼とした木々が切り拓かれた、森の中央付近の広場へと足を進める。
その道すがら、周囲に展開していた別小隊の騎士たちの冷ややかな視線が、一斉に私服姿の姉妹へと注がれた。
「おい……見ろよ、あれ……」
「マジかよ……この状況で遅刻ってだけでも首が飛ぶのに、まさかの私服参戦かよ……」
「おい、そこ、私語は慎め。他人を気にする暇があるなら自分の警戒領域を看視しろ」
「あ、ああ、すまん。……だが、あのフリンズ副団長に見つかったら、今回は口頭注意じゃ絶対に済まないからな……」
すれ違う騎士たちが漏らす、切実極まる恐怖の会話。それを耳にするたびに、ヴァラキー姉妹の背筋を冷や汗が際限なく伝い落ちていく。
暗殺者として修羅場を潜ってきた彼女たちですら、久しく感じたことのなかった純然たる『恐怖』という圧倒的な感情が、容赦なく二人の心を支配していた。
そして――拓けた中央広場には、三人の異様な存在感を放つ人物が静かに佇んでいた。
一人は、いつも通り冷徹に羊皮紙にペンを走らせているアルハイサム書記官。
もう一人は、総大将であるロディ団長。彼は手元にある自身の愛剣――漆黒の輝きを放つ《魔剣エリシオン》を、ただ無心で布で磨き上げていた。
間違いなくヴァラキー姉妹が私服でノロノロと現れた気配には気づいているはずだが、自ら手を下すつもりはないのか、重苦しい無言を貫いている。
――そして、最後の一人。
「――ほう?随分と、愉快な格好で参戦されたのですね」
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。
これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!
あなたにも風の導きが有らんことを
にしみん




