足取りは軽やかに ①
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一方その頃、緊迫の《影落の森》
「な、なんだこれ……っ!? 見たこともない悍ましい姿の魔獣だぞ!?」
背後から迫る異形の影に、レンの悲鳴にも似た驚愕の声が木霊する。
それに対し、抜刀すら容易に思わせる隙のない構えのフリンズ副団長は、眉ひとつ動かさずに冷然と答えた。
「当然です。先日魔術師管理局に正式に納品された、実戦訓練用の新型『人工魔獣』ですからね」
「普段はあちこちで爆発事故ばかり起こすベアトリクスだが、こういった魔術研究における成果と実用性だけは、俺も認めざる得ないからな」
最前線で黒剣を構えるロディ団長が、染々とベアトリクスへの賛美を口にする。だがその言葉が終わるか終わらないかの瞬間、ドォンッ!! と凄まじい衝撃音が響いた。
人工魔獣の強烈な一撃を浴びたラバックが、派手に後方へと弾き飛ばされて地面を転がる。
それを見たエルンは、昨夜ベッドの中で見た「ラバックが吹っ飛ぶ予知夢」が寸分の狂いもなく的中したことに、表情を真っ青にしてガタガタと怯えていた。
そんな前線部隊の泥臭い苦戦を余所に、ミカ率いる偵察部隊の面々は、一切の苦戦を見せることなく淡々と魔獣を狩り続けていた。
隠密と神速の連動において、彼らの右に出る者はいない。それどころか、仕留めた人工魔獣の残骸を見下ろしながら、一部の団員からは――
「これ、お肉とか食べられるのかな?」
「魔術製だから厳しいんじゃない? でも、内臓を綺麗に抜けば、ワンチャン素材として剥ぎ取れるかも……」
といった、恐ろしく肝の据わった会話まで聞こえてくる始末である。
「はぁ……。これなら遠征先のレジーナの雪原で相手にしてた、あの狂暴な『殺戮雪狐』の方がまだ歯ごたえがあって楽しめたな。……ふぁ……なんだか眠くなってきちゃった」
シルフィーネは小さな欠伸を噛み殺し、退屈そうに呟く。その刹那、彼女の細い首筋を狙って横合いから別の魔獣が猛然と飛びかかった。
しかし、シルフィーネは目線すら向けないまま、手元から閃光のような速度で投擲ナイフを放つ。
シュバッ!! と正確無比に放たれたナイフが魔獣の眼球へと深く直撃し、相手が苦悶に身を悶えさせ――
「ハッ!!」
「オラァッ!!」
シルフィーネの左右から影のように飛び出したミカとクリスが、息の合った完璧なクロス気味の連撃を叩き込み、魔獣を一切の抵抗すら許さずに仕留めて見せた。
これぞ、半年間の空白を全く感じさせない、聖ラウラントが誇る隠密最精鋭の神速たる連携攻撃。
ザシュッ、と肉を裂く心地よい音を背に受けながら、一歩引いた位置で羊皮紙にペンを走らせていたアルハイサム書記官は懐中時計の針を冷徹に見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……素晴らしい手際です。このペースなら……私の定時までには、確実にこの地獄のプロセスも終わりますかね」
周囲の生死をかけた訓練の熱量などどこ吹く風。たった一人、自身の「定時退社」だけを何よりも心配する屈強な書記官の呟きが、静かに森の木々に吸い込まれていくのだった。
◇ ◇ ◇
《影落の森》その名の通り、まるで大樹の梢が天空を覆い尽くし、世界から光を永遠に奪い去ってしまったかのような情景が広がっている。
太陽が最も高く昇る明るい日中であっても、この領域だけは常に深く、冷ややかな薄暗さに支配されていた。
繊細な野生動物たちは本能的な恐怖からこの場所を避ける為、獣の生息は最低限に留まっており、代わりに生い茂っているのは魔術師監理局が長年研究を重ねてきたという、触れるだけで肌を灼く毒性の高い危険植物の数々。
ゆえに普段、この呪われた緑の深淵に近づく者など誰もいない。――命の惜しくない、一部の狂った物好きを除いては。
王族新聞記者であるローラの半ば強引な案内に従い、私服のまま全力で地を蹴り続けて約三十分。
ようやく辿り着いた《影落の森》の入口と思わしき境界には、数時間前にいたはずのアルハイサム書記官はおろか、検問に立つ役人の姿すら一人として残されていなかった。
既に試験のプロセスは、森のさらに奥深くへと移行している証拠だった。
「……はぁ、はぁ……っ! なにこれ、信じられないくらい……距離があったわよ……!」
「この、常軌を逸した距離を……あの人たちは寝起き一番に、装備を着て全速力で走ったの……!?」
シノンが激しく上下する胸を押さえ、シノアが膝をガタガタと震わせながら、王都の騎士たちが秘める「人間の皮を被った怪物のごとき狂気」を肌で感じていた。
その手前、二人を先導してきたローラはといえば、日頃から泥塗れのスクープ調査で鍛え上げられているせいか、確かに呼吸こそ乱れているものの、その瞳にはまだまだ余裕の光を漲らせている。
「……ふぅ、さすがに良い運動になりますね! この先が、今回の地獄の《試験プロセス》の本格的な会場です。ちなみに騎士団の内部では、別名『生き残れ☆ワクワク試験プロセス!!』なんて呼ばれ方をしているんですよ!」
「何よそのふざけた名前……! ワクワクじゃなくて、恐怖で心臓がパチンと潰れる音の間違いでしょ!?」
「生き残れって……不穏どころの話じゃないわ……本当に試験なの……?」
ヴァラキー姉妹が絶望に顔を歪める中、ローラはそんな泣き言など一切気にした様子もなく、楽しげに手帳を片手に霧深い森の中へと足を踏み入れていく。
姉妹もまた、ここで引き返す選択肢などあるはずもなく、縋るように彼女の背を追った。
一歩踏み込めば、肌に纏わり付く霧はさらに濃くなり、幾重にも重なる木々の隙間から日光が差し込むことは決してない。
確固たる案内役がいなければ、自分が今どこに立っているのかさえ、あやふやになり東西南北の方角すら完全に不明瞭となる迷宮の如き空間。
「ねえ、ローラ。あなた……こういう危険な場所の割には、随分と足取りが慣れてるわね……」
今にも楽しげな鼻歌でも歌い出しそうなレベルで迷いなく進むローラに対し、シノアが不安を紛らわせるように問いかけた。
「ふふん、いつか正式な取材の動機――大義名分を持って、この森に入ってみたかったんです! 普段は王族であっても完全立ち入り禁止ですからね! でも、道順だけは過去の文献と地図から頭の中にバッチリ叩き込んでありますわ!!」
余程の自信があるのか、ローラの華奢な足取りに一切の迷いはない。
いかに高貴なラウラント王家の血筋であるローラであっても、この国家機密の絡む危険な森へ入ることは固く禁じられていたのだ。
しかし今回は『遅刻したヴァラキー姉妹を現場へ送り届ける』という、これ以上ない正当かつ至高の理由がある。
普段なら絶対に拒まれる聖域に堂々と潜入できたことが、新聞記者としての彼女の飽くなき探求心を最高に満たしているのだろう。
――ズシャァァァッ!!
三人がしばらく湿った土を孕む霧の中を進んだその時、突如として木々の隙間から硬質な剣が肉を凄まじい力で切り裂く、嫌な破壊音が周囲に鳴り響いた。
次いで、およそ現世の獣のものとは思えない人工魔獣の悍ましい断末魔の声が響き渡り、続いてドサリ、と巨大な質塊が地面に崩れ落ちる重苦しい地響きが肌を伝う。
「「………………」」
いよいよヴァラキー姉妹は、この先に待ち受けているであろう恐るべき事態を確信し、肋骨の奥で心臓が早鐘のように酷く鼓動する感触を生々しく実感した。
それは強敵を前にした戦闘狂の高揚などでは決してない。取り返しのつかない大失態を犯した者へ下される、明確かつ絶対的な『断罪』の予感であった。
「……さあ、行きましょう! 大丈夫ですよ。お二人とも、私が付いてますから! もしもフリンズ副団長に首を撥ねられそうになったら、私が必殺の『これは王家の伝統です! byエマ陛下』の全責任転嫁呪文をお見舞いしてあげます! さしもの副団長閣下だって、女王陛下の名を出されれば許してくれますわ!!(←100%希望的観測)」
ラウラント王家の血筋はどうしてこうも、どいつもこいつも自信過剰で根拠のない無敵感を備えているのか……。
普段なら頼もしいその超ポジティブな思考も、今回ばかりは完全に裏目に出ているとしか思えなかった。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。
これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!
あなたにも風の導きが有らんことを
にしみん




