朔風の帰還 ⑤
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説明口調な地の文や描写に加え視点がコロコロ変わります、ご容赦くださいませ。
規定の時刻まで残り数分となったその時になっても、未だに集合場所に現れない団員がいた。
この状況下において、なんと勇気ある者か――相手が他の者であれば、その不敵さに奇妙な称賛すら与えられたかもしれない。
――だが、その遅刻を待つ男が「彼」でなければ、の話だ。
聖ラウラント王国騎士団副団長。《疾風の絶槍》の二つ名を持つ男、フリンズ・フォン・フェイレン。
盛大な遠征軍凱旋パーティーのまさしく翌朝に、この理不尽な試験プロセスを催したのは単なる偶然ではなく、明確な必然であった。
半年もの間、本隊から離れていた王都の騎士団が、弛んだ組織に成り下がっていないかを一瞬で確かめるための抜き打ち検査。
事前に告知をしては試験の意味をなさない。
どんなに過酷な状況、どれほどの二日酔いであっても、瞬時に引き絞られた弦のように剣を取れる者こそが真の騎士であるという、彼の冷徹な信念の現れだった。
いち早く現場に辿り着き、息を整えていた偵察部隊の隊長のミカは、手元の懐中時計の針を見つめ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
ちなみにミカやクリスは、宿舎で他の団員たちに指示を出し、レンたちを急かしたにもかかわらず、その超人的な脚力で彼らをあっさりと追い抜いて先着している。
「……ヴァラキー姉妹は……」
「そ、それが……」
ミカの低く抑えた問いかけに、偵察部隊に所属する少女シリカ・ミュールが、おずおずとした様子で恐れながら報告を口にした。
「シルフィーネ副隊長の緊急放送を聞いて、お二人の部屋から『煩いわね……』『なんなのよ……』という不機嫌な声が聞こえた後に、ベッドからドスンと転がり落ちるような音が聞こえたのを最後に……気配が途絶えました……」
「なるほど。つまり、状況を理解した上での単純な二度寝、および遅刻という訳ですか」
「偵察部隊所属で遅刻かよ……。実戦のシチュエーションで考えると、笑えねぇな……」
背後でレンが顔を引きつらせて呟く。実戦において、偵察部隊は文字通り誰よりもいち早く動き、敵の動向や不測の事態を本隊に知らせる最も重要な役目なのだ。
過去の王国の記録においても、情報収集の為に潜入し、時には即座の戦闘すらこなさねばならない。
偵察部隊は最も犠牲者が多い部隊であり、それゆえに配属されること自体がエリートの証明、すなわち他部隊以上の圧倒的な実力を求められる「最前線の眼」であった。
「シルフィ、ヴァラキー姉妹の件ですが……」
「一部屋ずつ回って私が優しく促してあげてたら、そもそも試験にならないでしょ?」
ミカの視線を受け、シルフィーネは冷淡に肩を竦めた。「どうして連れてこなかったのか」というミカの暗黙の問いを、彼女は正論で切り捨てる。
「彼女たちがどんな司法取引でここにいようと、騎士団に身を置く以上、特別扱いは出来ないよ。部隊長である君が、そこまで彼女たちの機嫌を気にかける必要は無いと思うけどな」
「………」
ミカは言葉を喉の奥に呑み込んだ。
先日の一件もあり、副団長であるフリンズにこれ以上目をつけられている以上、これ以上の問題やこれ以上の不祥事を部隊から出したくなかった、というのが彼の本音だった。
自身が敬愛するロディ団長の「自身の行動に責任を持つ」という言葉に感銘を受け、部下になった以上は責任を持とうとするミカの真面目さと私情が、どうしても焦りを生んでいた。
「私は規定通り、女子寮に向けて放送を行った。敵襲の伝達を受けても即座に行動に移せないなら、実戦なら即刻殺されてる。彼女たち、本当に元暗殺者なの? ――厳しいことを言うようだけど、正直言って落第以下だよ。暗殺者というより、ただの連続殺人犯といった方がまだ納得出来る」
「否定はしません。しかし、彼女たちには他を凌駕する隠密の能力があったからこそ、この《偵察部隊》に配属されたんです」
「――逆に言えば、この偵察部隊の特殊な環境以外では、一切使い物にならないってことでしょ。せいぜい気配を殺して隠密行動が出来る程度。状況判断も、対処の仕方も、周囲に対する警戒レベルも低すぎる。ロディ団長が正式な手順で騎士団に加入させずに、『司法取引』っていう一時的な手段を取ったのが、何よりの証拠だよ」
核心を突いた徹底的な現実主義の正論に、ミカはただ静かに頷くしか選択肢がなかった。
シルフィーネの言葉は決してミカの不手際を責めている訳ではなく、「君は隊長として悪くない」「どんな結果になっても気にするな」という、彼女なりの不器用な庇い立ての意味合いが込められていたのだが。
「――時間だな」
クリスが、手の中の懐中時計の蓋を、湧き上がる苛立ちを無理やり押し殺すような重々しい所作でパチン、と閉めた。
その瞬間、最前線に立つロディ・グランベルク団長が深く重い溜め息を吐き、その隣に立つフリンズ副団長が、ゆっくりと偵察部隊の並びへと一瞥をくれた。
それは明確な軽蔑などではなく、国家の盾としての名誉を自ら傷つけてしまった偵察部隊の欠席者に対する、酷く冷ややかな哀れみにも似た視線であった。
「規定の時刻に達したため、これより試験プロセスを開始する。各部隊長は、直ちに団員の出欠および現状の報告を」
《疾風の絶槍》《不落の右腕》《騎士団の最も冷たい槍》――フリンズを表す悍ましい異名は数多くある。
彼の凍てついた冷たい夜空をそのまま映し出したかのような瞳は、これから始まる無慈悲で冷徹な地獄の試験を予感させるように、静かに揺らいでいた――。
◇ ◇ ◇
心地よい朝の光が差し込む中、フリンズ副団長による地獄の《試験プロセス》がまさに今この瞬間も開催されていることをすっかり忘れ、ヴァラキー姉妹は至福の夢の中からようやく目を覚ました。
「――ふぁ……。よく寝たわね……」
シノンが大きく伸びをしながらベッドから起き上がる。
姉妹の部屋の壁に掛けられたカレンダーには、今日の日付のマス目に、昨日自分たちの手でしっかりと「休み」を意味する綺麗な丸印が付けられていた。
もちろんそれは、抜き打ち試験の引っ掛けとして用意された『虚偽の休日連絡』なのだが、それを純粋に信じ込んでしまっている彼女たちには知る由もない。
「なんか……変な夢を見たのよね。早朝に、物凄くけたたましい緊急の放送が部屋中に鳴り響くような夢……」
「え? お姉ちゃんも……?」
「……シノアも、同じ夢を見たの……?」
シノアの言葉に、シノンが怪訝そうに眉を顰めた。
すっかり日が高く昇った外からは、太陽の眩しい光が容赦なく部屋へと照りつけている。
確かに昨日の大盛況だった凱旋パーティーの最中、すれ違った先輩騎士が「明日は休日だ。しっかり楽しめよ」と優しく声をかけてくれた記憶が、二人の脳裏に心地よくリフレインしていた。
しかし着替えを済ませるうちに、姉妹は宿舎を包む「妙な静けさ」にじわじわと不気味な不安を覚え始めていた。
時刻は既に朝の八時を過ぎている。
いくら遅くまで起きていた休日であっても、女子寮にはまだ誰かしら人が残っていて、廊下から話し声や生活音が聞こえてくる時間帯である。それなのに、今の宿舎は静まり返りすぎていた。
昨日のパーティーで騒ぎ過ぎたせいで全員がまだ爆睡しているのだろうか?……しかし、いつもならどれほど夜更かしをしても絶対に早起きするはずのアローズや、昨夜は一滴の酒も飲まずに冷静だったミネルバのような生真面目な面々すら、既に起きている気配がない。
彼女たちの部屋の奥からも、物音一つ聞こえてこないのだ。もしや、朝早くに揃って出掛けたのだろうか……?
胸を騒つかせながら、ヴァラキー姉妹は動きやすい私服に着替えると、たまらず寮の外へと足を踏み出した。
広大な王宮の中は、至っていつも通りの穏やかな風景が広がっている。
洗練された所作のメイドや執事たちが朝食の準備や片付けに取りかかっており、中庭では庭師やその他の使用人たちが忙しなく働いていた。
「……普通、よね?」
「ええ。少なくとも王宮内部はいつも通り、何も変わりないわ」
何事もない穏やかな光景に少しだけホッと胸を撫で下ろした、正にその刹那。
「あれれ~? おかしいですねぇ?」
背後から、あらゆるスクープを絶対に逃さないという強烈な執念を感じさせる、やたらと弾んだ声が割り込んできた。
声の主は、王族新聞の熱血記者――ローラ・ラウラント・ヴィッツ。エマ女王やメアリ王女の従姉妹にあたる王族の分家、ヴィッツ家の令嬢である彼女が、なぜこんな朝早くからカメラを提げて徘徊しているのか。
理由は言うまでもない。日夜王宮の隠し事やスクープを貪欲に追い求めているからである。
「あれ……? シノアさんにシノンさん。こんなところで私服なんか着て、一体何をされているんですか? ……あ! もしかして、お二人は今回の件、特別に『免除』されたクチですか!?」
「免除……? ローラ、一体何の話をしてるのよ?」
「……え? だって今、騎士団全体はあの歩く冷徹感《疾風の絶槍》のフリンズ副団長が主催する地獄の《試験プロセス》の真っ最中ですよね!? ?――でーも! 他の騎士たちが血反吐を吐いて走っている時間に、お二人がこんな場所でのんびりしているってことは……!!何か副団長に特別な許可を得ている……!! つまり、副団長の弱みでも握ってゆす……コホン! とんでもない特ダネスクープの予感が!?」
「「――――っ!!」」
ローラの口から飛び出したあまりにも悍ましい現実の単語に、ヴァラキー姉妹の全身に一瞬で激しい戦慄が走った。
あの早朝の、頭に直接響くような大音量の警報放送は、悪い夢などではなかったのだ。
ヴァラキー姉妹は未成年のため、昨夜のパーティーで酒を飲むことはなかった。
しかし、久しぶりに目にする王都の最高級に豪華な遠征軍仕様の食事についフォークが進んでしまい、いつも以上に食べ過ぎていた。
加えて王都に帰還した解放感と浮かれた空気にあてられていたのも、警戒を完全に鈍らせた原因の一つだった。
「あれ? どうされました?お二人とも。顔色が紙みたいに真っ白ですけど大丈夫ですか? 今朝のすっごい早い時間に、宿舎中に大音量で集合放送が鳴ってましたよ? 私はバッチリ起きてたので、慌ててパニックになりながら《影落の森》に向かって全力疾走していく第六小隊のレンさんたちを、ばっちりカメラで激写しちゃいましたから!! ……まぁ、ミカ様や隊長クラスの方々は動きの次元が速すぎて、写真が全部ブレちゃいましたけど……って、私の話聞いてます~?」
ヴァラキー姉妹は白目を剥いて完全に硬直した。
頭が完全に真っ白になり、魂が口から抜け出しかけているヴァラキー姉妹。
そんな彼女たちのすぐ近くの木の枝では、まるまると太った白いふわふわした小鳥が、まるでその絶望的な大失態を心底から嘲笑うかのように、小さな翼をパタパタと広げて楽しげに囀ずり、完璧なまでの「煽り」をキメていたのだった。
あまりの事態の大きさに、いつもは冷静なシノンすら声を上ずらせてシノアの肩を掴んだ。
「どうしよう!? どうしたらいいのよ、シノア!?」
「お、落ち着いて、お姉ちゃん……っ。……ま、まさか、ね……?」
「そのまさかよ! 完全に遅刻だわ……! ローラ、その放送って、一体何時に鳴ったの!?」
只ならぬ姉妹の必死さに圧倒されながらも、ローラは慌てて分厚い本かと見間違うほどに膨れ上がった愛用の取材手帳を取り出すと、今日の日付のページを素早く捲った。
「えーっと、記録によると午前五時三十分ですね。……に、二時間と三十分前です……」
さすがに同情と罪悪感を隠しきれない様子でローラが非情な放送時刻を告げると、ヴァラキー姉妹は本日二回目となる綺麗な白目を剥いてその場に卒倒しかけた。
「終わったわ……。なんで二度寝なんてしたのよ、私の馬鹿……っ!!」
「だ、大体、昨日のパーティーであの先輩騎士は休みって言ってたじゃない! 嘘吐いたの!? 私たちをハメたの!? あの騎士……!」
「えーと……その、シノアさん、シノンさん。大変言いにくいのですが……あの副団長閣下が極北から戻ってこられて、その翌日に『お休み』なんて文字は、聖ラウラントの辞書にはあり得ませんよ……?」
「「え?」」
「え?」
ローラの至極当然と言わんばかりの言葉に、ヴァラキー姉妹が間の抜けた声で聞き返し、あまりにも当たり前すぎる騎士団の暗黙の了解を疑われたローラもまた、丸い目をさらに丸くして「え?」と疑問の声を漏らす。
三人の間に、妙な空気のキャッチボールが成立してしまった。
「とにかくっ! 原因究明は後です! 今すぐ向かった方がいいですよ!!」
「う、うん! すぐに部屋に戻って装備に着替えないと……!」
「何言ってるんですか! これ以上一秒でも遅れたら、本当に城門に綺麗な生首が並んじゃいますよ!?」
「は?? そんな訳ないでしょ!大袈裟に脅さないでよ!?」
ローラの恐ろしいブラックジョークに本気で顔を青褪めさせながら、ヴァラキー姉妹は一刻も早く現場へ向かおうと地を蹴りかけたが――すぐにピタリと足が止まった。
「……ちょっと待って、何処に行けばいいのよ!?」
「郊外の森――《影落の森》です!!」
「何処よそれ……!? いつも私たち偵察部隊が訓練に使ってる森のこと!?」
「それは東の《囁きの森》かと! 《影落の森》はもっとずーーっと西です!!」
現役の偵察部隊の団員が、畑違いの王族新聞記者に目的地の場所を必死に案内されるという前代未聞の事態。
おまけに装備を整えて着替えている時間など一秒も残されていないヴァラキー姉妹は、私服のまま、半分泣き出しそうになりながら西の《影落の森》へと猛ダッシュで向かうのだった。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。
これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!
あなたにも風の導きが有らんことを
にしみん




