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朔風の帰還 ④

この作品を手に取っていただき、ありがとうございます✨


説明口調な地の文や描写に加え視点がコロコロ変わります、ご容赦くださいませ。

 遠征軍の凱旋パーティーが華々しく幕を開けてから、約一時間が経過した頃。

 煌びやかな会場の喧騒を他所に、パーティーの主役の一人でありながら、早々にその場を後にした少女がいた。


 偵察部隊が有する執務室の一角。 窓から差し込む冷ややかな月明かりの下で、シルフィーネは、自身が不在だった半年分の報告書の束をパラパラと無造作に捲っていた。

 一字一字を精読するような真似はせず、まるで流れる風を追うような流し読みで。


 自分が王都を離れている間に、一体どんな事件が起こり、どんな血が流れたのか。

 それを大雑把に把握していく彼女の前に、不意に少しばかり懐かしく重みのある気配が立ち上る。

 シルフィーネは顔を上げると、迷いのない所作で立ち上がり、騎士としての一礼を捧げた。


「あら、パーティーはもういいの?」

「うん。 もうお腹いっぱい」


 誰も気配を察知できぬまま静かに現れたのは、銀雪を思わせる美しい髪に、淡い藤色の瞳を宿した女性。 魔術師管理局長――ルーシャ・ルナリスであった。


「その様子だと、貴女には王宮のパーティーよりも、過酷な遠征先の方が楽しめたようね」

「否定はしないけど、やっぱり故郷の風が一番だよ」


 交わされる言葉の端々には、まるで古い友人――あるいは、境遇を同じくする姉妹や親子のような深い親密ささえ感じる空気が漂っていた。

 普段の冷徹極まる魔術師管理局長を知る者が今のルーシャを見れば、我が目を疑うレベルでその眼差しは優しさに満ちている。


「そういえば、ルーシャ様にレジーナの女皇様から伝言を預かってる」


 その名が出た瞬間、ルーシャは遠い日を慈しむように頬の力を緩ませ、視線だけで先を促した。


『今回は助けられた。 借りは必ず返す』

「あら、珍しい。 彼女の事だから、意地でも見栄を張るかと思ったのだけれど」

「ううん、伝言にはまだ続きがあるんだよ」


 シルフィーネの声が、月明かりの静寂によく馴染む透明な響きを伴って執務室に満ちていく。


『神王への反逆の意は変わらない。 神王は私たちの愛を汚したから』

「――そう。 彼女は全てを賭ける覚悟があるのでしょうけれど...... 北国の民はどうかしらね」


 ルーシャの後半の呟きはシルフィーネの意見を問うているようでもあったが、シルフィーネは「自分には関係のないこと」とでも言いたげに、ただ底の知れない沈黙を貫くだけだった。


「相変わらずね、貴女は」

「そんなことより、私が離れてる間に面白い――じゃなくて、興味深い事件が起きすぎじゃない? ...... タイミング悪いなぁ......」


 仮に自分が今回の遠征軍に参加せず王都に残り、スカコフとの前線に立っていたならば、あの強敵たちと直接刃を交え、打ち合える機会があったのではないか。

 そう思うと、シルフィーネの胸には、純粋な戦闘への渇望に似た残念さが募るのだった。


「それについては安心しなさい。 これから大がかりな鼠狩りが始まるわよ」

「強いの?」


 その問いかけは、まるで子供が『そのお菓子、美味しいの?』と尋ねるのと全く同じ、無邪気で無害な声色だった。

 だからこそ、ルーシャは呆れ半分、そして胸の奥に灯る寂しさ半分の面持ちを浮かべ、素直に事実を告げる。


「少なくとも、貴女が十分に楽しめる程度にはね」

「ふーん...... そっかぁ」


 シルフィーネが満足げに目を細めるのを見届け、ルーシャは外套の奥から、透き通った未知の液体が満ちた小さなガラス瓶を静かに取り出した。

 それを机の上に置くと、一言、二言だけ言葉を添えて、そのまま静かに退室していった。


――どうしても、その深淵から逃れられない時に服用しなさい。


――それと、先程ミカが貴女を探していたわよ。...... たまには、すべてを忘れなさい。 それくらいのこと、創星神アストレア様もお許しになられるわ。


一人残された執務室で、シルフィーネはルーシャが置いていった小瓶を拾い上げ、そっと懐の奥へと仕舞い込みながら、ぽつりと呟いた。


「それは...... 難しいよ」


その消え入りそうな呟きに答える者は、もうこの部屋の何処にもいなかった。


◇ ◇


 朝の雲雀が清々しく鳴き声を響かせ、王宮の使用人たちが足音を殺して静かに動き出す時間帯のこと。

 昨夜の遠征軍凱旋パーティーを深夜まで浴びるように楽しんだ騎士たちの多くは、未だに心地よい泥のような夢の中に囚われていた。


 しかし聖ラウラント王国の騎士――ことに王都ブルローネの宿舎の過酷さと言えば、南ザッカリン、西ノーガレロ、東センラルクといった各地に存在するどの地方組織や従属の詰所に比べても、文字通り「桁違いの地獄」であることで有名だった。

 その最大の原因は、団長であるロディ・グランベルクという般若の如き存在が君臨していること。


 そして彼の右腕として鋭く目を光らせる副団長――数々の異名を持つ男の容赦の無さも、その原因の大きな一角を占めていた。


 まだ外の景色が、夜の闇からほんの僅かに白み始めたばかりの極めて早い時間。

 レンとラバックが死んだように眠る男子寮302号室の部屋に、スピーカーを介したミカの凛とした、しかし一切の慈悲を取り払った声が容赦なく響き渡ったのである。


「総員!! 直ちに規定の準備を整え、郊外の森に集合しなさい!! ――繰り返す、総員、直ちに規定の準備を整え――」


 ガタガタ、ドスンッ!!

 壁を隔てた隣の部屋からベッドから派手に転がり落ちる鈍い音が聞こえ、向かい側の部屋からはパニックに陥った誰かが、ドアを蹴破らんばかりの勢いで飛び出していく激しい足音が響く。


「な、なんだ!!? 敵襲か......!? おい、ラバ!! 起きろっ!!」


 隣のベッドではラバックが未だに毛布にくるまって爆睡していたが、レンの鼓膜を破らんばかりの大声と部屋を揺らす振動によって、心臓を跳ね上がらせて飛び起きた。


 さすがは精神の根底まで士官たちに『人間を辞める訓練を受けている』と評される王都の騎士団、どれほど泥酔していようが緊急事態への覚醒速度だけは格が違った。


「な、何事!? 敵の奇襲!?」

「俺もさっき大音量で起されて何も分からないんだ......! 敵襲にしては周囲が静か過ぎるが......」


 二人して寝癖だらけの頭上に巨大な疑問符を浮かべて混乱していると、部屋のドアが尋常ではない勢いでバァンッ! と開け放たれた。

 そこに青白い顔で仁王立ちしていたのは、翡翠色の瞳を血走らせたクリスだった。


「お前ら何モタモタしてるんだよ!! さっさと動け、準備しろ!! 不定期に強制発動される、悪魔の《試験プロセス》だ! 一秒でも集合に遅れると文字通り、城門に俺たちの生首が綺麗に並ぶことになるぞ! 仲良くな!!」


「えぇ...... 試験だろ? 抜き打ちの気まぐれ避難訓練か何かじゃねぇのか?」


「ぜんっぜん!! 違うよ、レン! お前は新入りだからこれが初めてだろうけど、これは団長じゃなくて、あの副団長が主催する地獄のプロセスなんだ! もし遅刻なんてしてみろ、あのアルハイサム書記官の閻魔帳にしっかり『遅延分子』として記録されちゃうんだぞ! 騎士生命が確実に八割は終わるんだっ!!」


――アルハイサム書記官。


 その恐るべき名前がクリスの口から飛び出した瞬間、レンの脳髄は一瞬で眠気を消し飛ばし、完全な覚醒へと叩き起こされた。

 アルハイサム書記官といえば、『鬼の定時退社』を至高のモットーとして掲げている男だ。


 自身の定時が一秒でも脅かされる状況になれば、周囲に聞こえるように静かに舌打ちを漏らし、書記官という事務職のくせに、衣服の上からでも分かる筋肉ムキムキの体躯で相手を物理的に沈めにかかる、それはそれは恐ろしい人物である。

 過去の持ち物検査や、部屋の不自然な隠し壁を拳一つで粉砕した立入検査の苛烈さは、今なお男子寮の語り草だ。


「あの定時鬼の筋肉書記官も絡んでんのかよ!? くそったれ、終わった!!」


 いつもより三倍、いや五倍の超スピードで装備を身に纏い、宿舎を飛び出して郊外の森へと猛ダッシュするレンたち。

 本来であれば、その郊外に位置する目的地は、どんなに全力で足を飛ばしても片道三十分はかかる悍ましい距離にあるのだ。

 昨夜の酒と疲労が残る体に鞭打ち、心臓を爆発させそうになりながら走り続けた。


「間に合うか!? これ!! 物理的に無理だろ!!」

「分からない...... っ! でも、遅れたら確実に体術の居残り実践(物理)で骨をズラされる! 走るしかないよ!!」


 喉の奥から血の味が込み上げる頃、ようやく見えてきた郊外の森--《影落の森》の入り口。

 そこには、朝の木漏れ日を浴びているアルハイサム書記官が、寸分の狂いもない姿勢で冷然と仁王立ちしていた。

 その手には当然、冷酷な記録のための羊皮紙とペンが握られている。


「...... はぁ、はぁっ...... クソ、間に...... 合った、のか......?」


 滑り込みで境界線を越えたレンたちを一瞥し、アルハイサムは一切の感情を排した低い声で、淡々とサラサラとペンを動かした。


「...... よろしい、規定時間内です。 通っていいですよ」

「よ、良かったぁ...... っ! 死ぬかと思った......。エルンたち他の奴らは大丈夫かな......」


 ラバックが地面に膝をつき、荒い息の下から安堵の声を漏らす。

 レンは未だに激しく上下する胸を押さえ、森の奥へと続く暗い道を見つめながら、恨みがましく毒づいた。


「というか、盛大なパーティーの翌朝一番にこんな狂った試験をぶっ込んでくるんじゃねぇよ......。あの副団長、マジで人間の皮を被った悪魔かよ......」


 過酷極まるラウラント王国騎士団の、あまりにも理不尽で、けれどいつもの地獄のような一日が、こうして幕を開けるのだった。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。

これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!


あなたにも風の導きが有らんことを

にしみん

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