朔風の帰還 ③
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説明口調な地の文や描写に加え視点がコロコロ変わります、ご容赦くださいませ。
「ベアトリクス嬢が爆発を起こさずに退場されるなんて……!!」
「今月だけで既に六回も中庭を吹き飛ばされてたからな……助かった……!」
「あれ? 確か七回じゃなかったっけ?」
「お前それ、公式記録にない個人的な被害を受けてるんじゃねぇか……?」
歩く天災が完全に消え去ったことで、張り詰めていた緊張がようやく解け、騎士たちの間に安堵の囁き声が広がる。
感覚が麻痺しきっている彼らの会話を余所に、フリンズはシルフィーネの方へと観察するような、極めて鋭い視線を向けた。
そしてすべてを察したように、深く納得のいった様子で重い溜め息を吐き出す。
「――なるほど、そう来ましたか。エレネスト副隊長、君の思考は相変わらず読めませんね」
「はて、なんのことかな……?我らが聖ラウラント騎士団の『唱和五箇条』が一つには、不測の事態に備え『我らは常に警戒せり。如何なる厄災(主にベアトリクス嬢)の前でも、即座に身を護る術を講ずべし』という絶対の項目がある。私たちはただ、その規律に忠実に従ったまで。 遠征から帰還された直後に、こうしてベアトリクスお嬢様に歓迎していただけるなんて、本当に――『幸運』でしたね、副団長殿」
シルフィーネは空色の瞳を細め、悪びれもせず完璧な笑みを返してみせた。
規律を盾にされたフリンズは、それ以上の追及を断念するように肩を竦める。
「――そういうことにしておきましょう。今回は、ですが」
フリンズは今一度、ヴァラキー姉妹に対して、心臓が凍りつくほどに厳しい視線を向けた。
それはレンのような騎士団に加入して間もない新米の身であっても、はっきりと理解できる明確な『警告』の光であった。
「偵察部隊所属である以上、彼女たちは君たちの部下だ。――二度目はありませんよ」
「肝に銘じます」
「心得ています」
ミカとシルフィーネが同時に、淀みのない声で返答したその瞬間、ロディ団長がわざとらしく大きな咳払いをして、広場の空気をいつもの活気ある朝礼の雰囲気に引き戻した。
「フリンズ、それくらいで勘弁してやれ。新人たちの不手際に関しては……俺の監督責任でもあるからな」
「団長、少し部下への甘やかしが過ぎますよ。僕が遠征に赴いている僅か半年の間に、王都では問題が起きすぎです。――特に、例の剣術大会が一時中断に追い込まれ、未だ再開の目処すら立っていないなど……騎士団の歴史において前代未聞の大不祥事です」
「ははっ! 痛いところを突く。耳が痛くて千切れそうだ。まぁ、その代わりと言っちゃなんだが、裏でうごめく鼠どもは順調に捕らえられているだろう?」
陽気に頭を掻きながら笑うロディ団長に、フリンズは多少面食らいながらも、眉間に刻まれた頭痛を押し殺すような低い声音で言葉を続けた。
「数日前も、その組織の重要参考人と目される者が、城下町で無惨に処刑されたようですが? 見せしめの晒し首だと聞いています」
その言葉が出た瞬間、ロディの蒼い瞳から陽気な光が一瞬で消え去り、極めて真剣で鋭い眼差しへと変わった。団長は静かに深く頷く。
「……あぁ、その件で、お前とちょいと話し合う必要がある。すぐに時間は取れるか」
「陛下と、軍務を司るフォーツルト大臣への帰還報告が済み次第、すぐに軍議室へ向かいます」
緊迫したやり取りののち、再び始まった朝礼の唱和の声は、いつも以上に地を震わせるほどに大きかった。
人数が、遠征軍の帰還によって劇的に増えたからだ――絶対に、そのせいに違いない。
レンは内心でそう強く自分に言い聞かせることで、スカコフという不気味な単語がもたらす余計な思考と恐怖を、必死に頭の隅へと振り払うのだった。
◇ ◇ ◇
朝礼後の義務である外周を終えた騎士たちは、汗を拭いながら次々と騎士団専用の広大な食堂へと駆け込んでいった。
「はぁー!! 息がしにくかったぁ……!」
ラバックが朝食用のトレイを両手で持ち、大きく息を吐き出す。
隣に並んだエルンも、深く同意するように何度も深呼吸を繰り返した。
「ですねぇ……。半年振りにあの張り詰めた光景を見ると……なんとも言えない重苦しい気持ちになりますぅ……」
「想像以上だったな……。ラバとエルンがそこまでビビるわけだ。団長以上の大堅物じゃねぇか」
レンがそう呟きながら見下ろした今朝の朝食は、遠征軍凱旋の特別仕様らしく、いつも以上に贅沢で豪華なメニューが並んでいた。
カリカリに焼かれた香ばしいベーコンはもちろんのこと、絶妙な火加減で仕上げられたとろとろのスクランブルエッグ。
そして何より、山盛りにされた焼きたてのクロワッサンに使われている小麦粉は、素人目に見ても最高級品である。
(――こういうところに一気に金を使うから、すぐに予算が削られて財務省の胃が空くことになるんじゃないのか……?)
レンはそんな現実的な思考を巡らせつつも、漂う芳醇なバターの香りに抗えず、クロワッサンへと伸ばす手だけはしっかりと止めない。
その少し離れた席では、すでにいつもの調子を取り戻したクリスが、ベーコンにフォークを突き刺しながら軽快に喋り始めていた。
「それにしてもさっきは助かったぜ、シルフィ。あのフリンズ副団長と半年も同じ遠征軍に組み込まれるとか……俺だったら確実に精神に異常を来たしてるね」
その言葉に、対面に座るシルフィーネが苦笑を浮かべる。
「まぁ……あの人も根は真面目過ぎるだけで、本当はいい人だよ? ちょーっと規律に厳しすぎるけどね」
「僕からもお礼を、シルフィ。隊長でありながら、一瞬とはいえ部下を守る対応に遅れ、不甲斐なさを実感しました」
ミカが端正な顔をわずかに伏せ、栗色の瞳を落とす。
その沈んだ様子にいち早く気づいたシノアが、彼を庇うようにすぐさまフォローの言葉を投げかけた。
「ファーレンガルドが気にすることないわよ。あれは……突発的に口を滑らせた私が全面的に悪いんだし……」
「私も……余計な相槌を打ってしまったわ……」
シノアに続き、姉のシノンも殊勝に謝罪の言葉を口にする。
そんな彼女たちに対し、クリスはいつもの軽薄な視線を向けた。
だがそれは、ヴァラキー姉妹を嫌っているからではなく、部隊の先輩としての確かな指導の言葉だった。
「よく自分が悪いって分かってんじゃねぇか。だったら今朝の俺の忠告をちゃんと活かせよな?」
「あんなに早い時間に、女子寮の閉まってる窓へ直撃するみたいに投げ込まれてた『副団長帰還、注意されたし』って書かれた石コロ付きの手紙だけで、そこまで察しろって方が無理でしょ!?」
「そうよ。あれをまともな忠告とは言わないわよ!!」
ヴァラキー姉妹の憤慨する賑やかなやり取りを、シルフィーネはどこか楽しそうに目を細めて眺めていた。
その表情の変化に気づいたミカが、静かに問いかける。
「随分と楽しそうですね、シルフィ」
「うーん? ……半年も王都を離れてる間に、私たちの偵察部隊もずいぶんと賑やかになったなぁ……って思ってね」
他愛のない、けれどあまりにも自然に交わされる彼らの会話を聞いていたシノアの脳裏にふと、とある小さな疑問が浮かび上がった。
(あれ……? シルフィ……? シルフィーネじゃないの……?)
その場を包む、あまりにも親しげで温かい空気。
いくら同じ部隊の上司と部下、同じ役職同士といっても、今の彼らの間にある空気感は「同僚」というビジネスライクな言葉だけでは決して片付けられない、特別な何かが横たわっているように見えた。
なにより、普段は他者に対して冷徹で、滅多に笑うことのないファーレンガルドの表情が、彼女と話している時だけはどこか柔らかく、穏やかになっている気がする。
(なんなの……?なんか、胸の奥がモヤモヤする……)
ただの意中の相手が、自分とは違う別の女性と親しげに話している。
それだけで、これほどまでに心が激しく乱されるなんて、感情を殺して生きていた暗殺者時代には絶対に感じることのなかった泥臭い感情だった。
(私は……ファーレンガルドが好き。――それは間違いないんだから)
あの朝礼の恐ろしい緊迫感の中、真っ先に自分の前に立って庇ってくれた彼の背中が、たまらなく愛おしかった。
例えそれが、部隊長としての責任感からくる義務的な行動だったとしても、シノアの心には強烈な光として焼き付いている。
(私も、いつかあんな風に、特別な愛称で呼んでもらえたりとか……)
(この場合……もし二人の距離がもっと縮まったら、どうなるのかな……)
まだ見ぬ未来ミカと過ごす甘い時間を想像し、シノアは頬をわずかに赤らめて幸せな妄想に胸を膨らませていく。
しかしそんな恋する夢見る少女の横顔に対し、クリスはまるで、その美しい幻想の裏側を冷徹に解剖するかのような、酷く冷めた視線を静かに向けていた。
「――――」
――けれど、その冷淡極まる視線の意味に、夢見る少女が気づくことは決してない。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
こんな戯れ言に付き合っていただき、大変恐縮です。
これからも彼らの活躍を見守っていただけたら嬉しいです!
あなたにも風の導きが有らんことを
にしみん




