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第6話:不機嫌な「令嬢」と甘くない恋の火種


「……信じられない。ガイアス様が、あんな可愛げのない研究バカと?」




あの日、執務室で「恋人宣言」をされて以来、魔法省の廊下を歩けば必ずと言っていいほど視線を感じるようになった。祝福、驚愕、そして——あからさまな嫉妬。


数日後。研究局の地下にある資料室へ向かう薄暗い廊下で、私は一人の女性に呼び止められた。

見事な縦ロールに、歩くたびに衣擦れの音が鳴る華やかなドレスを纏った令嬢、リラ・アンバー。

彼女は高名な侯爵家の娘で、以前からガイアスを公私ともに追いかけ回していることで有名だ。


「カレン・エルメット。貴方、少し自分を勘違いされているのではないかしら?」


リラは羽飾りのついた扇子を優雅に口元に当て、私を上から下まで値踏みするように眺めて鼻で笑った。その瞳には、隠しきれない蔑みが宿っている。


「貴方のような、お色気も愛想もない地味な女が、本気で彼に相応しいと思っているの? 精々、捨てられるまで『恋人ごっこ』を楽しめばいいわ。……彼が本当に愛でるのは、私のような気品ある女性だけですもの。貴方みたいな女、彼はすぐに飽きて放り出すに決まっていますわ」


それだけ一方的に吐き捨てると、彼女はきつい香水の香りを残して、高く尖ったヒールの音を響かせながら去っていった。


いつもなら、「研究に外見は関係ないわ」と一蹴できるはずだった。

あるいは、「どうぞご自由に」と鼻で笑って済ませられたはずなのに。


(……分かってるわよ。これは、ただの偽装なんだから)


自分に言い聞かせ、逃げ込むようにして資料室の重い石扉を開ける。

誰もいない、埃と古書の匂いが充満する静かな室内。私は手近な棚に資料を置くと、力なく壁にもたれかかった。


薄暗い部屋の中で、自分の左手を見つめる。薬指で鈍く、けれど確かな存在感を放って光る銀の『リンク・リング』


(相応しくない、か……)


リラの冷ややかな言葉が、呪文のように頭の中で何度も繰り返される。

彼に相応しくないと言われたこと。それ自体も確かに癪だったけれど、それ以上に私の胸を刺したのは、もっと別の感情だった。


彼が、私以外の誰かと並んでいる姿。

私に向けられるあの意地悪な微笑みを、他の女性に向けている姿。

それを想像しただけで、胸の奥がギュッと締め付けられるように苦しくなり、呼吸が浅くなる。


「……あ。私、いつの間にこんな……」


無意識のうちに、指輪の表面を右指でなぞっていた。指輪を通じて、今この瞬間も遠くにいるはずのガイアスの魔力を、その体温の残滓を探そうとしている自分に気づく。


ただの「宿敵」で、利害が一致しただけの「偽装相手」。

半年経てば契約は終了し、また元のライバルに戻るだけ。

そう完璧に割り切っていたはずの心の防壁が、音を立てて崩れていく。


彼にとって私がどんな理由で選ばれた存在であれ、私はもう、彼が私の知らない誰かに微笑むところなんて見たくない。

他の誰かの腕を引いて、あんなふうに優しくエスコートする姿なんて、想像するだけで視界が滲みそうになる。


偽装という名の盾が粉々に砕け、むき出しになった自分の「恋心」と、醜いほどの「独占欲」。

そのあまりに巨大で厄介な正体に気づいてしまった私は、手にした重い資料を強く抱きしめたまま、冷え切った資料室の中で、しばらくその場から動くことができなかった。



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