第5話:執務室の「秘密」と高鳴る鼓動
ある日の昼下がり、私は頼まれていた資料を届けるため、魔法管理局にあるガイアスの執務室を訪れた。「宿敵」への届け物というだけで気が重いのに、廊下を歩く間も左手薬指の『リンク・リング』が服の袖に触れるたび、あのデートの感触が蘇って落ち着かない。
「ガイアス、頼まれていた例の——」
断りを入れて扉を開けた瞬間、私は言葉を失った。
そこには同僚の魔導技師たちが数人、ガイアスを囲んで談笑していたのだ。
「あ……カレン? どうしたんだ、そんなに慌てて。顔が赤いぞ」
「い、いや、別に……! なんでもないわよ」
平静を装おうとしたけれど、指先にはあの指輪が嵌まったままだ。魔法省内では、私とガイアスはあくまで「不仲なライバル」として通っている。
隠そうとして慌てて手を後ろに回したが、それが逆効果だった。
「おや、カレン。後ろに何を隠しているんだい?」
同僚の一人がニヤニヤしながら近づいてくる。
「何でもないって言ってるでしょ! ほら、ガイアス、資料よ。受け取って!」
私は資料を彼に押し付けて逃げようとした。だが、それより早くガイアスが立ち上がり、当然のような顔をして私の隣に歩み寄った。
そして、あろうことか私の右手を強引に引き寄せ、自らの腕を私の肩に回したのだ。
「ちょうどいい。皆に紹介しておこう。僕の恋人のカレンだ」
「「「えええええっ!?」」」
静かな執務室に、耳をつんざくような絶叫が響き渡った。
「氷の貴公子」と「鉄壁の才女」が恋人同士? ありえない、という声が周囲から漏れる。
騒ぎ立てる同僚たちを余所に、ガイアスはさらに力を込め、私の腰をグイと自分の方へ引き寄せた。
あまりの密着ぶりに、私の肩が彼の厚い胸板に深く沈み込む。
「見ての通りだ。……カレン、そんなに震えて。皆に知られるのがそんなに気恥ずかしいのかい?」
「う、うるさいわね……! 仕事中だってば! 離しなさいよ!」
必死に抗議したが、ガイアスは離すどころか、空いた方の手で私の頬を軽く撫でた。
耳元で聞こえる低い笑い声。指輪からは、彼の圧倒的な「独占欲」と「愉悦」が濁流のように流れ込んでくる。
私は彼の腕の中に閉じ込められたまま、爆発しそうな心臓を必死に抑えることしかできなかった。
(……この人、絶対に演技にかこつけて楽しんでるわ……!)
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命からがら執務室を脱出した私を待ち受けていたのは、廊下で待ち構えていた親友の魔導技師、ミラだった。
「ちょっと、カレン……! これ、本当にマジなの!? あの女っ気ゼロのガイアス様が、あんたを抱き寄せて『僕の恋人』!? その指輪だってお揃いじゃない!」
「これは……その、魔導的な実験というか……」
「実験で薬指にペアリングは嵌めないわよ! いつからそんなことになってたのよ!」
ミラの追及は止まらない。背後では他の局員たちも、ヒソヒソとこちらを伺いながらニヤついている。
「ねえカレン、ガイアス様って二人きりの時はどうなの? やっぱりあの声で甘いこと言ったりするわけ?」
「……っ! 変なこと聞かないで!」
脳裏に、あのデートの記憶が浮かび上がる。指輪が私の動揺を察知して、チリチリと熱を帯びた。
「あー! 顔真っ赤! 認めたわね!」
「違うわよ、これはただの……!」
「ただの、何だい?」
聞き慣れた低音が背後から響き、ミラたちが「ひっ」と短い悲鳴を上げて直立不動になった。
振り返ると、いつの間にか追ってきたガイアスが、これ見よがしに私の肩に手を置いている。
「彼女は今、僕との愛を深めている最中なんだ。いじわるをしないでくれないか」
「あ、はい! お邪魔しましたぁっ!」
ミラたちはクモの子を散らすように去っていった。静まり返った廊下で、私はようやく彼の腕を振り払う。
「ちょっと! 今の言い方、誤解を招くでしょ!」
「誤解? 事実だろう。……それともカレン、もっと『恋人らしい』ところを、あそこに残っている連中にも見せてあげようか?」
そう言って彼は、私の腰を再び引き寄せ、今度は鼻先が触れ合うほどの距離まで顔を近づけた。
逃げ場を塞ぐように壁に追い込まれ、指輪を通じて、彼の楽しげな——そして強引なまでの「熱」が心臓に直接流れ込んでくる。
同僚たちの好奇の視線と、目の前の男のあまりに甘い攻撃。
私はただ彼の胸元で、壊れそうなほど高鳴る鼓動を刻むことしかできなかった。




