第4話:銀光の守護と宵闇の約束
「……次は、外で腕を組んで歩こう。もっと深く、僕を感じてほしいから」
カフェを出る間際、耳元で囁かれた言葉が頭の中でこだましている。
店を出ると、ガイアスは当然のように私の隣に並び、自分の腕を差し出してきた。私は顔が火照るのを感じながらも、エスコートされるままにその腕に指を絡める。
王都のメインストリートは、夕刻の買い物客で賑わっていた。
「ほら、カレン。あそこに君の同期がいる。もっと密着して」
「っ……わかったわよ!」
彼の誘導に乗せられているのは癪だけど、今は「恋人」を完璧に演じきることが優先だ。私は意を決して、彼の腕をぎゅっと抱きしめるように寄り添った。ガイアスの体温と、洗練されたサンダルウッドの香りが鼻先をくすぐる。
しばらく歩いていると、通り沿いにある老舗の宝飾店のショーウィンドウが目に留まった。
「……あ」
足を止めるつもりはなかったのに、視線が吸い寄せられてしまった。銀の細工が施された、繊細なネックレス。中央には、透き通った碧色の魔石が一つ、街灯の光を反射して怪しくも美しく輝いている。
(……綺麗。あの石のカット、私の研究している術式増幅の理論にぴったりだわ……)
なんて、つい研究者らしいことを考えてしまったけれど、純粋に「可愛い」とも思ってしまった。
けれど、ガイアスに悟られるのは絶対に嫌だ。
「カレン? これが気になるのかい」
「まさか! ただの石ころよ。あんなの、研究局の備品にだっていくらでもあるわ。……さあ、行くわよ!」
私は負けず嫌いの意地を張って、彼の腕をぐいと引っ張った。
ガイアスは「そうか、石ころか」とだけ言って、少しだけ楽しそうに目を細めていた。
彼に連れられて人混みを抜けると、緩やかな丘の上に辿り着いた。
そこは王都を一望できる、彼のお気に入りの場所なのだという。
「見て、カレン。ここからの景色が一番好きなんだ」
「……すごい。街が、魔法みたいに光ってる……」
しばし二人で、暮れなずむ王都の夜景を眺めた。風が心地よく、繋いだ手からは指輪を通じて彼の静かな魔力が流れ込んでくる。
「少しここで待っていてくれ。飲み物を買ってこよう」
「え? あ、ええ。わかったわ」
彼が席を外した数分間、私は一人で夜景を楽しみながら、今日の出来事を反芻していた。
あんなに憎らしかったライバルの腕が、意外と温かかったこと。
「待たせたね。はい、これを」
戻ってきたガイアスが手渡してくれたのは、温かいハーブティーだった。
「……ありがとう。用意がいいわね」
「君が少し寒そうにしていたからね。……どうだ、少しは落ち着いたかい?」
「別に、最初から落ち着いてたわよ。……でも、この景色は悪くないわね」
温かい飲み物を片手に、私たちは他愛もない学生時代の思い出や、今の仕事の愚痴を少しだけ交わした。皮肉抜きの会話なんて、いつ以来だろう。
やがて夜も更け、私の家の前まで送ってもらったところで、ガイアスが足を止めた。
「……じゃあ、今日はここで。……カレン、最後にこれを」
彼が差し出したのは、小さな紙袋だった。中に入っていたのは、あのアメジストのような碧い石が輝くネックレスだった。
「え、なんで……!? いらないって言ったじゃない!」
「君が『石ころ』と言ったから、少し手を加えておいた。」
「いつの間に……。それより、手を加えたって?」
驚く私を無視して、ガイアスは私の背後に回り込んだ。冷たい鎖が首筋に触れ、彼の指先が髪をかき上げる。至近距離から伝わる熱に、心臓の鼓動が耳元まで響いてくる。
「僕が即興で『一度きりの防御魔法』を編み込んでおいた。君は危なっかしいからね。僕の目が届かないところで、君に傷がつかれるのは困る」
ネックレスの留め具を止めると、彼は私の肩に手を置き、鏡を見るように私を自分の方へ向けさせた。
「……僕がそばにいない時、君を守る身代わりだ。大切にしろよ」
耳元で囁かれたその声は、甘い呪文のように私の心を縛り上げた。指輪を通じて伝わるのは、ガイアスの静かで、けれど揺るぎない独占欲。
「……ありがとう。でも、次は私がもっとすごいのを作ってあげるんだから!」
精一杯の強がりを言ったけれど、胸元で輝く碧色の石は、私の体温を吸い取ってトクンと熱く脈打っていた。




