第3話:演技の代償は甘い痺れ
「……ねえ、これ本当に必要?」
休日。私は王都の目抜き通りで、隣を歩く男に小声で尋ねた。
魔法省での官服姿とは打って変わって、今日のガイアスは上質なコートを纏い、いかにも「恋人と待ち合わせをしていた紳士」というオーラを放っている。
対する私は、自室のクローゼットに隠していた、とっておきの「勝負服」だ。
あいつに見せるのは癪だけど、デートなのにいつもの研究着というわけにもいかない。
「必要だとも。今、三時の方角に管理局の同僚がいる。六時の方角には、君の実家から差し向けられた執事の姿も見えている。……ほら、もっと寄って」
「っ……!」
ガイアスの大きな手が私の腰を引き寄せた。薄い布地越しに伝わる体温。指先から流れる熱い魔力。
『リンク・リング』が、ドクドクと波打つ私の鼓動を正確に彼へと伝えてしまう。
「カレン、耳まで真っ赤だ。演技が苦手なら、僕がリードしてあげるから身を任せていればいい」
「演技じゃないわよ、この指輪の感度が良すぎるだけ! あんたこそ、そんなに密着して平気なの?」
言い返しつつ盗み見た彼の顔はいつも通り涼しげだが、指輪から伝わる魔力はどこか重く、私を飲み込もうとするような熱を孕んでいた。
「平気なわけないだろう。……君が、僕の想像以上に『可愛い』格好で現れたからね」
耳元で囁かれた低音。私は足がもつれそうになり、思わず彼の腕を掴んだ。
ガイアスは自然な動作で私の手を引き、そのまま指を絡めて握り直した。いわゆる、恋人繋ぎだ。
「……っ、これ、指輪の実験でしょ!?」
「ああ、実験だ。人混みで離れないように、魔力を安定させるためのね」
彼はわざとらしく私の額に自分の額を寄せた。鼻先が触れそうな距離。彼の瞳の奥にある、偽装とは思えない「熱」に当てられて言葉を失う。
繋いだ手から痺れるような甘い感覚が全身に回る中、彼は私をテラス席のある有名カフェへと導いた。
「さあ、カレン。今日は一日、僕にたっぷり甘やかされるのが『恋人』としての君の義務だ」
案内されたのは、予約が半年先まで埋まっているという店だった。
「どうやって予約とったのよ」
「管理局の権限を少し使わせてもらった。君は甘いものに目がないだろう? 学生時代、君が学食の限定プディングのために全速力で廊下を駆け抜けていたのを見ていたからね」
「っ、余計なお世話よ!」
懐かしい嫌味に調子を狂わされつつも、運ばれてきた『虹色ベリーの特製パフェ』を一口食べた瞬間、幸せな糖分が私を満たした。
「おいしい……っ!」
「……そうか。それは良かった」
ふと顔を上げると、ガイアスが頬杖をついて私を見つめていた。いつも私を小馬鹿にする冷ややかな目じゃない。まるで、壊れやすい宝物でも眺めるような、柔らかな眼差し。
「な、何よ。顔にクリームでもついてる?」
「いや……。カレン、十時の方角を見て。魔法省の広報官たちがいる。彼女たちはゴシップに一番うるさい。……わかるね?」
ガイアスが低く囁くと同時に、指輪がトクン、と熱を帯びた。
彼がテーブルの下で私の手をそっと握りしめてくる。
「今、彼女たちがこちらを見ている。もっと『仲睦まじい』ところを見せないと。ほら、口を開けて」
ガイアスが自分のフォークでケーキを掬い、私の唇に寄せた。「あーん」というやつだ。
「ちょ、ちょっと待って! それはやりすぎ……っ」
「カレン。これは『お見合い』を完全に阻止するための作戦だ。……僕を信じて」
信じて、なんて殊勝な言い方をされたら、負けず嫌いの私も毒気を抜かれてしまう。
私は観念して、真っ赤な顔のまま口を開けた。甘い生地が溶けるのと同時に、指輪を通じてガイアスの「満足感」が、濁流のように流れ込んでくる。
(……この人、本当に演技なの? 感情が……熱すぎる……)
「いい子だ」
ガイアスは満足げに微笑むと、私の口元に残ったわずかなクリームを親指で拭い取り、その指を躊躇いもなく自分の唇へ運んだ。
「っ……!!」
心拍数は跳ね上がり、理性が焼き切れてしまいそうだ。
「……カレン、そんなに震えて。これくらいで驚いていたら、この先の『恋人生活』は思いやられるな」
意地悪く笑う彼の指先が、今度は私の顎をくい、と持ち上げた。
「……っ、あんた、性格悪すぎ……」
「知っているだろう? 僕は負けず嫌いなんだ。君を完璧にエスコートするという勝負に、負けるわけにはいかないからね」
そう言って彼は、テーブルを越えて私の耳元に唇を寄せた。
「次は、外で腕を組んで歩こう。……もっと深く、僕を感じてほしいから」
私は、どうしようもない焦燥感と、あいつに心を奪われる恐怖を同時に味わっていた。
ガイアスの包囲網は、想像を遥かに超える甘さで、着実に私を追い詰めていた。




