第2話:恋人の証
「……ちょっと、ガイアス。これ、どういうこと?」
魔法省の地下にある秘密会議室。私は目の前の机に置かれた、鈍い銀色に光る一対の指輪を指差した。
偽装恋人を承諾した翌日。呼び出されたと思ったら、いきなりこれだ。
「どういうことも何も。恋人同士だという証拠だよ、カレン」
「証拠って、ただの指輪じゃない。これ、魔導回路が組み込まれているわよね? しかもかなり高度な……」
私は指輪を覗き込む。研究局の意地にかけても、これがタダのアクセサリーじゃないことくらいすぐに分かった。ガイアスは涼しい顔で、優雅に脚を組み替える。
「察しがいいね。これは『魔力共鳴環』。これをつけていれば、互いの位置や、魔力の乱れ——つまり感情の起伏がパートナーに伝わる。ここまで徹底しないと、君の母親や周囲の目は欺けないだろう?」
「そ、それはそうかもしれないけど……。これ、かなり至近距離じゃないとリンクしないわよね?」
「ああ。だから、人前ではそれなりに『密着』してもらう必要がある」
さらりと、とんでもないことを言ったわね、この男。
私は指輪を手に取り、恐る恐る自分の左手薬指にはめてみる。すると——。
「っ……!? な、なにこれ」
指輪が私の指に吸い付くようにサイズを変え、じんわりと熱を帯びた。
それと同時に、隣に座るガイアスの「存在」が、肌を通さず直接脳内に流れ込んできたのだ。
(冷徹なはずなのに、魔力が……すごく熱い。それに、意外と鼓動が速い……?)
「……カレン、顔が赤いぞ。そんなに僕を感じるのが恥ずかしいのかい?」
「うるさい! 慣れてないだけよ! ほら、あんたも早くつけなさいよ」
私が急かすと、ガイアスはフッと口角を上げ、自分の指にもう一方の指輪を滑り込ませた。
その瞬間、リンクが完全につながった。
「あ……」
思考が混ざり合うような、奇妙な感覚。
ガイアスが椅子を引き、私のすぐ隣まで距離を詰めてくる。
彼の長い指が、私の左手をそっと包み込んだ。
「実験だ。恋人らしく手を繋いだ時、魔力がどう安定するか見ておこう」
「ちょ、実験なら仕方ないけど……っ」
繋がれた手のひらから、ガイアスの体温が伝わってくる。
いつもはあんなに憎たらしいライバルなのに、大きな手に包まれると、自分が急に小さな女の子になったような気がして、心臓がうるさく鳴り始める。
(落ち着け私! これは任務! 偽装なんだから! ……でも、ガイアスの匂い、すごくいい香りがする……)
「ほう……。カレン、指輪を通じて君の動揺が丸見えだよ。心拍数が、さっきの1.5倍になっている」
「それは、あんたが急に触るからでしょ! あんたに気圧されてると思ったら大間違いなんだから!」
私は精一杯の強気で言い返したが、ガイアスは私の手を離そうとしない。
むしろ、指を絡めるようにして深く握り直した。
「いい心がけだ。その意地がどこまで維持できるか……楽しみにしているよ。ところで、カレン」
ガイアスが顔を近づけ、逃げられないように私の視線を固定する。
「さっそくだが、今度の休日、空けておけ」
「えっ……休みの日まであんたと?」
「当然だろう。君の母親は、君の出勤ルートまで執事を寄越して監視させている。……まずは王都の目抜き通りで、『幸せな恋人たち』の姿をたっぷり見せつけてやらないといけないからね」
「……わかったわよ。」
私は吐き捨てるように言ったけれど、繋いだ手から伝わってくる彼の魔力は、どこまでも優しく私を束縛していた。
(……この半年、私の心臓が持つかしら……)
かつてないほどの敗北感と、説明のつかない昂揚感が胸を支配する。
カレン・エルメット、人生最大のピンチが幕を開けた。




