第14話:重ならない視線
約束の時間を少し過ぎた頃、カレンの部屋のドアが控えめに叩かれた。
扉を開けると、そこには任務明けの疲労を隠しきれない、けれどどこか冷徹な空気を纏ったガイアスが立っていた。
「……遅くなった。急な案件が入ってね」
「ううん、大丈夫。上がって、ガイアス」
部屋に入った彼は、以前のように椅子に深く腰掛けることもなく、窓際で立ち止まった。
差し出したハーブティーにも手をつけず、彼はただ、淡々と事件の後始末についての報告を始めた。
組織の解体が終わったこと。リラたちの北方の監獄送りが確定したこと。
そして、カレンに贈られる予定の褒賞について。
「……以上だ。これで、君を危険に晒した元凶はすべて片付いた」
冷たい。
あの日、地下室の壁を粉砕して現れた、あの情熱的で危ういまでの執着を見せた男とは、まるで別人のようだった。報告を終えたガイアスは、一度もカレンと目を合わせようとせず、そのまま帰路につこうと背を向ける。
「待って、ガイアス! 用件はそれだけ?」
「ああ。君が元気そうで安心したよ」
「嘘よ……。あの日、あんなことを言っておいて、今はそんなに他人のような顔をするの?」
カレンの声が震える。ガイアスは足を止め、振り返ることなく低く答えた。
「……あの日、僕は正気ではなかった。君を失うかもしれないという恐怖で、どうかしていたんだ。君に恐怖を植え付けたのなら、謝る」
「恐怖なんてしてないわ! 私が、あの言葉にどれだけ救われたか……」
「カレン。君はまだ、事件のショックから立ち直っていないだけだ。僕の中にある独占欲や執着は、君のような光の中にいる魔導師が触れていいものではない。君には、もっと平穏で、自由な未来があるべきだ」
彼は、自分を「悪役」に仕立て上げ、カレンを遠ざけようとしていた。
自分の中のドロリとした重い感情から彼女を守るための、彼なりの不器用な優しさ。だが、今のカレンにはそれが何よりも残酷な拒絶に聞こえた。
「……勝手に決めないでよ。私の未来がどこにあるかなんて、私が決めるわ!」
カレンは走り寄り、去ろうとする彼の背中にしがみついた。薄いシャツ越しに伝わる、彼自身の高い体温と、驚きに跳ねた鼓動。
ガイアスの身体が、岩のように硬直するのがわかった。
「……離せ、カレン。僕は、君が思っているような優しい男じゃない。君が思う以上に、僕は最低で、傲慢な男なんだ」
「知ってるわよ。皮肉屋で、強引で、独占欲が強くて……でも、誰よりも私を必要としてくれた! ……大好きよ、ガイアス。あんたじゃなきゃ、嫌なの!」
生まれて初めての、剥き出しの告白。
夜の静寂の中に、カレンの激しい鼓動だけが、彼の背中を通じて重なり合うように響き渡った。
ガイアスの手が、自分を抱きしめるカレンの手首を掴む。引き剥がそうとするのかと思ったその力は、震えていた。
「……本気で言っているのか。僕の手をとれば、もう二度と、普通の恋人同士のような『綺麗でいられる場所』には戻さない。君のすべてを塗りつぶして、一生僕の鎖の中に閉じ込めることになる。……それでも、いいのか?」
背中越しに聞こえる声は、掠れ、ひどく熱を帯びていた。カレンは彼の背中に顔を埋めたまま、力を込めて頷いた。
「望むところよ。……あんたの鎖なら、喜んで繋がれてあげるわ」




