第13話:氷の魔王の降臨
砂埃が舞う中、砕け散った壁の向こうから現れたのは、もはや人間の形をした「暴力」そのものだった。
ガイアスの周囲の空気は、あまりの魔圧に悲鳴を上げ、視界が歪んでいる。
彼の銀色の瞳には、いつもの理知的な貴公子の面影など一欠片もない。
そこにあるのは、愛する者を傷つけられた怪物の、剥き出しの殺意だけだった。
「——誰の許可を得て、僕の女に触れた?」
その声が響いた瞬間、地下室の温度が急激に氷点下へと叩き落とされる。
逃げ惑う男たちの足を、ガイアスの足元から広がる白銀の凍土が容赦なく地面に縫い付けた。
「な、何だこいつは……!」「化け物め、やれ!」
血生臭い気配を漂わせるならず者たちが、恐怖を紛らわそうと剣を抜いて襲いかかる。
だが、ガイアスは私を視界に捉えたまま、空いた方の手を軽く横に薙いだ。
「消えろ。その汚らわしい殺気すら、彼女に触れさせるな」
瞬間、地下室全体に絶対零度の旋風が吹き荒れる。襲いかかってきた男たちは、悲鳴を上げる暇もなく、その場で精巧な氷像へと姿を変えた。
剣を振り上げたポーズのまま、凍りついた瞳に驚愕を浮かべ、二度と動くことはない。
ガイアスはその氷像の一つを、歩みの邪魔だと言わんばかりに肩で突き崩し、粉々に粉砕しながら私へと近づいた。
「ガ、ガイアス様! 違うのです、これは……!」
それを見たリラが腰を抜かし、狂ったように叫び声を上げた。
「私はただ、貴方のために! この女が貴方を惑わし、お父様の計画を邪魔しようとするから……私は貴方を守りたかっただけなのですわ! このならず者たちだって、私が……私が貴方の未来のために、善意でっ…!」
「善意、だと?」
ガイアスの瞳が、氷よりも冷たく細められる。彼はリラの喉元に、無造作に生成した氷の長剣を突きつけた。剣先から放たれる絶対零度の冷気が、彼女の喉の皮膚を白く染め、見苦しい言い訳を凍結させる。
「その薄汚い口から出る言葉、一つにつき指を一本ずつ凍らせてやろうか。……死ぬよりも残酷な氷の檻で、一生後悔させてやる」
剣に込められた魔力が膨れ上がり、リラの心臓を貫こうとしたその時——。
「……ガイアス、やめて……!」
私は枷に吸い取られそうな意識を必死に繋ぎ止め、彼の服の裾を震える手で掴んだ。
ここで彼がリラを殺せば、彼は「守護者」ではなく「殺人者」になってしまう。そんなこと、私が許さない。
「……離せ、カレン。こいつは君の命を弄んだ。許される道理がない」
「お願い、もういいの。……それよりも、帰りたい。貴方と一緒に、帰りたいの……」
私の掠れた声に、ガイアスの肩が微かに震えた。殺意に満ちていた銀色の瞳が、激しく揺れ、やがて痛ましいほどの後悔と、底知れない熱情の色に染まる。彼は氷の剣を霧散させると、崩れ落ちるように私を抱き寄せた。
「……ああ、すまない。僕が、一瞬でも目を離したばかりに……!」
折れそうなほど強く、けれど壊れ物を扱うように繊細に。彼は私を横抱きにすると、私の手首に食い込んでいた『沈黙の枷』を素手で握りつぶした。鉄の砕ける音と共に、解放された魔力が逆流し、視界が眩む。
「……ガイアス……」
「……もう二度と、君を一人にはしない。例え君が嫌だと言っても、僕の魔力で縛り付けて、一生僕の目の届く場所に閉じ込めてやる。……いいかい、君を失うくらいなら、この国の秩序も世界も、僕にはどうでもいいんだ」
耳元で囁かれた声は、いつもの皮肉めいた調子ではない。熱に浮かされたような、狂気的な執着に満ちた愛の告白だった。
首筋に触れる彼の荒い吐息と、震える腕の強さ。指輪を通じて流れ込んでくるのは、彼が今まで必死に抑え込んでいた「君だけが欲しい」という、ドロリとした濃密な本音。
救い出された安堵感よりも、私を絶対に離さないと誓う彼の熱情に、私の心臓は今までで一番激しく跳ね上がっていた。




