第12話:売られた才女と沈黙の枷
冷たく湿った石壁の感触と、鼻を突く黴臭さで意識を取り戻した。
頭を割るような鈍痛に顔をしかめようとしたが、身体が思うように動かない。
手首には、魔力を強制的に吸い上げる『沈黙の枷』が食い込み、指先から熱が奪われていくような倦怠感が全身を支配している。
「……ようやく、目が覚めたようですわね。」
鉄格子の向こう側で、リラが勝ち誇ったように笑っていた。彼女の傍らには、薄汚れた革鎧を纏い、下卑た笑みを浮かべた男たちが数人控えている。
魔法省の人間ではない、血生臭い気配を漂わせるならず者たちだ。
「リラ様……どうして、貴女が……」
「まだ分かりませんの? 貴女たちが追っていた事件。私の父が捕らえた女たちを異国へ売り捌いていたのですわ。……そして今日、貴女はその『最高級の商品』として、父の協力者であるこの方々に買い取られたのよ」
リラは、カレンたちが事件の真相に近づいていることを知り、それを逆手に取ったのだ。
父の犯罪を隠滅するついでに、金で雇った犯罪者たちに「カレン・エルメット」という邪魔者を、死よりも過酷な奴隷という形で追放することを依頼したのだ。
「そんな、そんなこと……ガイアスが黙っているはずがないわ……」
その瞬間、リラの瞳に猛烈な嫉妬の炎が灯った。彼女は檻の中へ一歩踏み込むと、容赦なく私の腹部を目掛けて鋭い蹴りを放った。
「――っ!?」
衝撃に備えて身を硬くした。しかし、鈍い衝撃の代わりに響いたのは、パリンという硬質な音と、リラの短い悲鳴だった。
私の胸元で、ガイアスから「護身用だ」と半ば強引に贈られていたネックレスが、爆発的な輝きを放っていた。一回きりの絶対防御魔法。白銀の障壁が、リラの足を物理的に弾き飛ばしたのだ。
「なっ……何ですの、今の光は!?」
リラはたたらを踏み、顔を激しく歪ませた。
「ガイアスがくれた…」
その言葉にリラの目つきが鋭くなる
「ガイアス様の名を、その汚い口で呼ばないで! 貴女のような石ころが、いつまでも彼の隣に相応しい振りをしているから、私がわざわざ手を汚す羽目になったのよ。……殺すのは惜しいほどの魔力量だと、父も喜んでおりましたわ」
リラは扇子の先端で、私の顎を持ち上げ、それを愉悦に満ちた目で見つめた。
「貴女が遠い異国で惨めに飼い殺されている間に、私は彼の隣で、正式な婚約者として愛される……。ふふ、完璧な計画だと思いませんこと?」
隣の檻を見れば、そこには村から消えた女性たちが数人、身を寄せ合っている。服をボロボロにされ、瞳から光を失った彼女たちには、もはや抗う気力すら残っていない。
自分もあの中に混じり、二度と日の光を浴びることなく売られていくのだという現実が、冷たく背筋を駆け抜けた。
「さあ、出発の時間よ。……さようなら、カレン。二度と、その泥臭い顔を私たちの前に見せないでちょうだい」
リラの合図で、荒くれ者たちが檻を開け、私を強引に引きずり出した。
抵抗しようにも、引きずる足はもつれ、男たちの粗野な力が肩に食い込んで痛い。
出口に向かう暗い廊下。絶望が足元から這い上がってくる中、私は震える左手の指輪を、祈るように必死に握りしめた。
(届いて……。私の居場所を、見つけて……!)
魔力封じの結界、そして沈黙の枷。
外の世界とは完全に遮断されているはずなのに、指輪は壊れんばかりに熱く、皮膚を焼くほどの拒絶反応を起こして脈打っている。私は震える指で、指輪をぎゅっと握りしめた。
(……ガイアス……助けて……ガイアス……!)
声にならない悲鳴を上げながら、私は地下室の裏口に用意された、窓のない粗末な馬車へと押し込められた。乱暴に扉が閉められようとした、その時。
地下室全体を、いや、大地そのものを揺るがすような、地鳴りに似た爆音が轟いた。
凄まじい衝撃波に、石造りの壁が悲鳴を上げて崩れ落ちる。
「——な、何事ですの!?」
リラが短い悲鳴を上げ、男たちが剣を抜いた。
硝煙と砂埃が舞う暗闇の向こうから、一歩、また一歩と、心臓を直接握りつぶすような圧倒的な魔圧が近づいてくるのを、私は肌で感じていた。




