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第11話:氷の貴公子の絶望


「……っ、カレン!?」


村の広場で「囮」の暴動を鎮圧していたガイアスは、突如として左手の薬指を襲った凄まじい激痛に、思わずその場に膝をついた。


指輪が、燃えるように熱い。

この『リンク・リング』は、二人の距離が離れるほど、そして装着者が危機に陥るほど熱を増す術式を組んでいた。だが、今伝わってくるのは、そんな生易しいものではない。カレンの魔力の残滓が、まるで断頭台で断ち切られたかのように、唐突に、そして完全に消失したのだ。


「ガイアス様、どうされましたか!?」

「……どけ。そこをどけと言っている」


駆け寄ろうとした部下を、見たこともないほど冷徹な声で撥ね退ける。

彼の周囲の地面は、溢れ出した魔力によって一瞬にして白く凍りついた。


(僕が……一瞬でも目を離したばかりに……!)


彼は弾かれたように、彼女がいたはずの宿の裏庭へと向かった。


「……っ、カレン!」


荒々しく着地したそこには、無残に転がった探索用魔道具『アリアドネ』と、誰かと争ったような地面の抉れだけが残されていた。数時間前まで、自分の肩で安らかに寝息を立てていた女性の気配が、そこには確かにあった。

しかし、今はもう——温もり一つ残っていない。


ガイアスは一心不乱に、周囲の大気を「視た」。

カレンの本質的な魔力反応は消えている。だが、彼女が無理やり連れ去られた際に、空間の歪みに引き摺られてこぼれ落ちた「魔法の残り香」

——その微かな魔力の粒子が、夜の風に舞っているのを彼は見逃さなかった。


執着に近い愛着を持って彼女の魔力を日常的に感じていたガイアスにとって、それは暗闇の中に引かれた導火線のように鮮明だった。


「誰だ……誰が彼女を連れ去った……!」


ガイアスは跳躍した。その背後で、彼が踏み込んだ石畳が粉々に砕け散る。

一刻も早く彼女の元へ。その一念だけで、彼は常人なら精神が崩壊するほどの過剰な魔力を自身に流し込み、カレンの魔力の残滓が示す方向へと最短距離を突き進む。


森を抜け、村の外れにある放棄された貯水池へと辿り着いた時、空気の密度が変わった。

そこには、物理的な壁ではなく、空間そのものを折り畳んで隠蔽する巨大な『断絶の結界』が居座っていた。カレンの魔力粒子は、その歪んだ空間の継ぎ目へと吸い込まれている。


「ここで、途絶えているのか……」


ガイアスは結界の表面に手を触れた。冷徹な分析眼が、瞬時に術式の構造を分解していく。

国家規模の隠蔽魔法。個人の犯行ではない。組織的な、そして意図的な「排除」の意思がそこにはあった。


「消えろ、目障りだ」


ガイアスは右手に濃縮された魔力の塊を形成した。それは氷というよりも、万物を無に帰す「絶対零度の暴力」だった。

その一撃が結界に触れた瞬間、エルム村の全住民が耳を塞ぐほどの爆音が轟いた。


強固な結界がガラス細工のように粉砕され、隠されていた地下への入り口が露わになる。

だが、そこは既にもぬけの殻だった。


「……逃げたか」


地下室に残されたのは、争った跡と、カレンが身につけていた移動用魔道具の破片。

そして、床に滴るわずかな、けれど鮮やかな赤い血。


それを見た瞬間、ガイアスの周囲の空気がパキパキと音を立てて凍りついた。

溢れ出す殺意が、もはや制御しきれない段階に達している。


「どこへ運ぼうと無駄だ。必ず助ける…。」


彼は再び、地面に残された微かな「血の魔力」を辿り、夜の闇へと姿を消した。

その背中には、氷の貴公子としての理知的な面影はなく、ただ獲物を追う飢えた獣のような狂気だけが宿っていた。



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