エピソード8:ゴールラインへのレース
数世紀前、〈闇の時代〉が始まる前に、人間には二つの種族が存在することが発見された。
ひとつは、生まれながらにして奇妙な力を持ち、その力は十歳を迎えた時に目覚める〈異能者〉。
もうひとつは、まったく普通の人間であり、他の人々と同じように暮らしていたが、その数の少なさから〈孤立者〉あるいは〈忌み子〉と呼ばれていた。
時の流れとともに、さまざまな系統の力が現れ、それらは十の氏族に分類された。
月の一族(最初にして最も偉大な一族)。
闇の一族。
血の一族。
蝶の一族。
植物の一族。
雪の一族。
火の一族。
水の一族。
風の一族。
岩の一族。
それぞれの氏族には強力な長が存在し、彼らは〈十人の族長〉として知られていた。
だが、その均衡は〈灰の子らの惨禍〉によって崩れ去った。
それは〈影時〉――〈影の時代〉において布かれた〈追放の掟〉によるものであり、一部の氏族を滅ぼすことを目的としていた。
だが誰も知らなかった。
その掟は〈カゲモリ〉の仕業ではなく、さらに強大で深淵なる闇の力によって生み出されたものであったことを――。
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巨大スクリーンが眩い光を放ち、生徒たちの視線が一斉にそこへ集まった。
映し出されていたのは、第二試験への進出を決めた生徒たちの名前だった。
ヒナ・サクライ。
マリー・スミス。
リン・シリガミ。
デンジ・ヤママト。
フブキ・コリヤマ。
ハル・フェリア。
ノブヒト・タケ。
サイカ・タチバナ。
カミカ・キラス。
ハルマ・カイト。
ミカセ・ヨシダ。
イズキ・シノモリ。
ユキ・シライ。
キキョウ・クロハナ。
その他にもC-2、F-2、D-2、B-2クラスの生徒たち、さらにA-2クラスから数名の名前が並んでいた。
しかし生徒たちの関心は、参加者の名前よりも次に表示された内容へ向いていた。
――第二試験。
『ゴールライン・レース』
「皆様、ご覧の通り第二試験はゴールラインを目指すレースとなります!」
実況室からモリヤマ先生の興奮した声が響く。
その隣でリリィ先生が冷ややかな視線を向けた。
「騒がしいわね」
「す、すみません……!」
モリヤマ先生は苦笑しながら頭を下げた。
その時、スクリーンが再び切り替わる。
今度表示されたのは、試験でペアを組む生徒たちの組み合わせだった。
ヒナは顔を上げ、自分の名前を探す。
そして――。
目を疑った。
『ヒナ・サクライ ― カミカ・キラス』
「えっ!?」
思わず大声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。
周囲を見渡した彼女の視線は、やがて一人の少女へ辿り着いた。
カミカ・キラス。
彼女は無表情のままスクリーンを見つめていた。
まるで表示された内容そのものに不快感を抱いているかのように。
感情がないわけではない。
だが何も表に出てこない。
その静けさは機械のようであり、人形のようでもあった。
(なんだろう……)
(まるで人間じゃないみたい……)
「ヒナ――」
聞き慣れた声に意識を引き戻される。
サイカだった。
彼女はヒナの表情を見るなり首を傾げる。
「大丈夫? 誰と組むことになったの?」
ヒナは言葉の代わりに指を差した。
サイカもその先を見る。
そしてカミカを見つけた瞬間、小さく呟いた。
「うわ……」
さらに声を潜める。
「よりによって“歩く死体”とペアなのね」
「歩く死体?」
ヒナは眉をひそめた。
サイカは周囲を確認してから囁く。
「知らないの? みんな陰でそう呼んでるのよ」
「……」
「感情がないみたいで、いつも無表情。まるで死体が歩いてるみたいだって」
「過去に何かあったって噂もあるけど、本当のことは誰も知らない」
ヒナは首を傾げた。
「そんな話、初めて聞いた」
「そりゃそうよ」
サイカは肩を竦める。
「あなた、研究室に引きこもってばかりじゃない」
ヒナは再びカミカを見つめた。
今度は長く。
もっと長く。
まるで彼女の奥底にある何かを覗き込もうとするように。
そして決意したように口を開く。
「話してみる」
「はぁ!?」
サイカの目が見開かれた。
ヒナは不思議そうに瞬きをする。
「だって、同じペアでしょ?」
サイカは額を押さえた。
「……そうだけど」
「忠告しておくわ。あまり深く関わらない方がいい」
意味は分からなかったが、ヒナはとりあえず頷いた。
そして一人で立つカミカのもとへ向かう。
「こ、こんにちは」
ぎこちない声だった。
ヒナ・サクライは会話が苦手だ。
友達を作るのも苦手だ。
だがカミカは視線すら向けなかった。
ただ遠くの一点を見つめている。
ヒナも思わずその先を見る。
しかし何もない。
(え……)
(もしかして無視されてる?)
ヒナはカミカの前へ回り込み、その視界を遮った。
「その……」
「私たち次の試験で一緒に組むんだよね?」
そう言いながら巨大スクリーンを指差す。
「ほら、あそこに書いてあるし」
反応はない。
表情も変わらない。
ヒナの心はどんどん折れそうになっていく。
(私が会話下手なのかな……)
(それともこの人が特殊なのかな……)
「知ってる」
不意に返事が返ってきた。
ヒナは目を丸くする。
カミカはそのまま彼女の横を通り過ぎた。
しかし数歩進んだところで立ち止まり、肩越しに言った。
「もっと人と話せるようになった方がいい」
「……」
ヒナの顔が引きつる。
去っていくカミカの背中を見つめながら思った。
(それは今言わなくていいでしょ……)
◇ ◇ ◇
スクリーンに表示されたペアは、ヒナたちだけではなかった。
マリー・スミス ― リン・シリガミ
ノブヒト・タケ ― サイカ・タチバナ
キキョウ・クロハナ ― イズキ・シノモリ
デンジ・ヤママト ― ミカセ・ヨシダ
ハル・フェリア ― ハルマ・カイト
フブキ・コリヤマ ― ユキ・シライ
生徒たちがそれぞれの相手について話し合う中――。
マリー・スミスは苛立った足取りで歩いていた。
向かった先にいたのは、短い茶髪を揺らしながら蝶と遊んでいる少女。
リン・シリガミ。
相変わらず作り笑いを浮かべている。
「おい、あんた」
リンが振り向く。
マリーは睨みつけた。
「リン・シリガミだったわね」
「おやおや、マリーさんじゃないですか」
リンは笑顔のまま近付いてくる。
だが次の瞬間。
マリーは彼女の襟を掴み上げた。
そして蛇のように低い声で囁く。
「警告しておく」
「私たちは同じチームだ」
「もし一つでも余計なことをして負ける原因になったら――」
その瞳に冷たい殺気が宿る。
「殺すわよ」
普通なら怯えるだろう。
だがリンは違った。
笑顔は崩れない。
むしろ楽しそうだった。
「了解しました、キャプテン・マリー」
「ご命令は絶対です」
マリーは彼女を突き飛ばし、その場を去る。
リンはそんな背中を見ながらくすくすと笑った。
人の神経を逆撫ですること。
それこそが彼女の大好物だった。
◇ ◇ ◇
「また会ったわね、優等生さん」
イズキ・シノモリは腰に手を当てながら笑った。
もう片方の手を差し出す。
握手のつもりだった。
しかしキキョウ・クロハナはその手を払いのける。
「運命も随分と趣味が悪いわ」
「よりによって貴方と組ませるなんて」
イズキは肩を竦めると壁にもたれかかった。
「同感ね」
「私もあんたみたいな人は好きじゃない」
キキョウの目が鋭くなる。
「何をしに来たの?」
「私を馬鹿にするため?」
イズキは呆れたように目を回した。
「被害妄想が激しいわね」
「私たちは今だけでもチームメイトでしょう?」
「今だけよ」
キキョウは一歩近付く。
二人の距離はほとんどゼロになった。
「私はクロハナ家の名を汚すつもりはない」
「貴方みたいな人間と協力するのは不本意だわ」
二人の間に流れる空気は重かった。
どれだけ言葉を交わしても平行線。
決して交わらない。
キキョウは法による正義を信じている。
イズキは結果のためなら法に縛られない正義を信じている。
だからこそ。
二人は根本から相容れなかった。




