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第4話:神楽:唯一の起源


数世紀前、〈闇の時代〉が始まる前に、人間には二つの種族が存在することが発見された。

ひとつは、生まれながらにして奇妙な力を持ち、その力は十歳を迎えた時に目覚める〈異能者〉。

もうひとつは、まったく普通の人間であり、他の人々と同じように暮らしていたが、その数の少なさから〈孤立者〉あるいは〈忌み子〉と呼ばれていた。


時の流れとともに、さまざまな系統の力が現れ、それらは十の氏族に分類された。


月の一族(最初にして最も偉大な一族)。

闇の一族。

血の一族。

蝶の一族。

植物の一族。

雪の一族。

火の一族。

水の一族。

風の一族。

岩の一族。


それぞれの氏族には強力な長が存在し、彼らは〈十人の族長〉として知られていた。

だが、その均衡は〈灰の子らの惨禍〉によって崩れ去った。

それは〈影時かげし〉――〈影の時代〉において布かれた〈追放の掟〉によるものであり、一部の氏族を滅ぼすことを目的としていた。


だが誰も知らなかった。

その掟は〈カゲモリ〉の仕業ではなく、さらに強大で深淵なる闇の力によって生み出されたものであったことを――。



---





長い学園の廊下は、いつになく静まり返っていた。

冬にしては珍しく、太陽はまぶしいほどに輝いている。窓から差し込む黄金色の光が、床一面にやわらかく広がっていた。

廊下の奥には、小さな少年が一人、膝を抱えてうずくまっている。

片方の膝には擦り傷があり、どうやら走っている最中に転んでしまったようだった。

かすかな嗚咽を漏らしていた少年は、誰かが近づいてきて、優しく頭を撫でるのを感じた。

顔を上げると、そこには長いピンクの髪を持つ少女が立っていた。

左右で色の違う珍しい瞳――左は緑、右は淡いピンク。

そのやわらかな顔立ちには、心配そうな表情が浮かんでいる。

「ねえ……迷子なの?」

やさしく透き通る声に、少年は驚いたように彼女を見上げた。

一瞬、母親かと思ったが、違うとわかると少しだけ顔をしかめ、袖で涙を拭った。

「うん……」

小さくそう答える。

ヒナは少年の顔から膝へと視線を落とした。

「大変……けがしてるのね」

少年はこくりと頷く。

それを見て、ヒナはやさしく微笑んだ。

ポケットから小さな絆創膏を取り出し、慎重にその膝へ貼ってあげる。

「ぼく……迷子になっちゃって……ママを探してたんだけど……見つからなくて……それで転んじゃった」

ヒナはもう一度、安心させるように少年の頭を撫でた。

「そっか……それはつらかったね」

ふと、何か思いついたように彼女の瞳が輝く。

「もしかしたら……一緒に探せるかも」

少年の瞳に、ぱっと希望の光が宿る。

「ほんと?」

ヒナは微笑みながら頷いた。

「うん。お母さん、どんな服を着てたの?」

少年は少し考えてから答える。

「白いワンピース」

ヒナは立ち上がり、明るい笑顔で手を差し出した。

「一緒に探そう」

少し戸惑いながらも、少年はその手を取り、彼女に身を委ねた。

歩きながら、ヒナが静かに問いかける。

「名前は?」

「ヒンタロウ」

ヒナはやさしく微笑んだ。

「よろしくね、ヒンタロウ。私は桜井ヒナ」

「ヒナ……よろしく」

少年も嬉しそうに頷いた。

しばらく探していると――

ヒンタロウがふと声を上げた。

そこには、黒と青の短い髪をした女性が、白いワンピースを着て校長室の前で話していた。

その表情は不安に満ちている。

彼女を見つけた瞬間、ヒンタロウの顔がぱっと明るくなった。

「ママ!!」

叫びながら、ヒナの手を離して駆け出す。

声に気づいた女性は振り向き、安堵の表情を浮かべた。

彼を強く抱きしめる。

「よかった……本当に心配したのよ」

ヒナは少し離れた場所から、その光景を静かに見つめていた。

――どこか懐かしい光景。

胸の奥に、あたたかくて優しい感覚が広がる。

思い出したくても、触れることをためらうような、遠い記憶。

その時――肩に手が置かれた。

振り返ると、そこには短い紫の髪の少女が、息を切らして立っていた。

「ヒナ姫!」

ヒナは瞬きを二度する。

その直後、サイカが彼女の肩を掴み、軽く揺さぶった。

「どこにいたの!? 学園中探したのに見つからなくて……さっきまで隣にいたのに、急に消えたみたいだったんだから!」

ヒナは落ち着いた様子で、サイカの肩に手を置く。

「サイカ、落ち着いて」

サイカは一息ついて、ようやく表情を緩めた。

「ヒナ姫……私、おしゃべりなのは分かってるけど……心配だったの」

ヒナは微笑み、親子の方へ視線を向ける。

「また一人、助けちゃったみたい」

それからサイカを見て、少し呆れたように言う。

「それに……ノブヒト・タケ(F-2)の生徒とまた喧嘩したでしょ?」

サイカは少し怖い笑顔を浮かべた。

「ノブヒト……次に会ったら絶対許さないんだから」

ヒナはため息をつく。

「サイカ、ここでは“姫”扱いしなくていいって言ったでしょ?」

サイカは首を傾げる。

「学園の中でも?」

ヒナは少し困ったように微笑んだ。

「特に学園の中では、ね」

サイカはこくりと頷く。

「わかった……ヒナ」

その言い直しに、ヒナはくすっと笑った。

ふと時計を見ると、彼女の目が見開かれる。

――授業に遅れる。

「サイカ、先に行くね。遅れちゃう」

「うん、またあとで!」

二人はそれぞれの教室へと向かった。

遅刻の不安を感じながらも――

ヒナの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

たとえ小さなことでも。

誰かの笑顔を取り戻せたなら――

それはきっと、

ヒンタロウにとっては“英雄”みたいな出来事だったのだから。


____

_______


ヒナは自分の教室へと全力で駆け出した。

足の感覚がなくなるほど走り続け、ようやく立ち止まって息を整える。

そして――ドアを開けた瞬間。

教室中の視線が、一斉に彼女へと向けられた。

(……穴があったら入りたい)

その場で消えてしまいたいと、本気で願う。

ヒナの顔は、まるで熟れたトマトのように真っ赤に染まり、体は緊張で固まっていた。

王家の一員として、本来ならば落ち着きと威厳を備えているべき存在。

――だがヒナは違う。

まるで怯えた小動物のようだった。

「桜井。十分遅刻よ」

リリィ先生の冷静な声が、教室の静寂を切り裂いた。

ヒナははっと我に返り、慌てて二度頭を下げると、そのまま無言で自分の席へ向かう。

教室のあちこちから笑い声が漏れ、一部の生徒は小さく嘲笑する。

しかし――

パン、パン。

リリィ先生が手を二度叩くと、空気が一変した。

「はい、静かに」

軽くヒナの方へ視線を向けてから、話を続ける。

「桜井も来たことだし――カグラとコライについて説明を始めるわ」

その二つの言葉が出た瞬間、教室はぴたりと静まり返った。

カミカは目を細め、鋭く集中する。

マリーは興味なさそうに見えながらも、瞳の奥ではわずかに光が揺れていた。

ヒナもまた、ペンを握り、すぐにでも書き取れるよう構える。

リリィ先生は机から離れ、腕を組んで教壇の前に立った。

「では質問よ。なぜカグラの技は、どの一族でも似ているのかしら?」

何人かの生徒が手を挙げる。

だが、その答えはどれも的外れだった。

その様子を、カミカはただ静かに観察していた。

リリィ先生の動き、生徒たちの発言――すべてを記録するかのように。

やがてリリィ先生は小さく息をつき、視線を一人の生徒へと向ける。

窓の外をぼんやり眺めながら、ペンを指で回している少女。

「スミス」

マリーがゆっくりと顔を上げる。

「答えなさい。なぜカグラの技は似ているの?」

マリーは鼻で笑い、頬杖をついた。

「似てる? 簡単でしょ。技の種類が少ないからよ」

「――不正解」

即座に返されたその一言は、冷たく鋭かった。

マリーの表情が一瞬で歪む。

顔は赤く染まり――それは恥ではなく、怒りだった。

今にも噛みつきそうな視線を向ける彼女をよそに、リリィ先生はすぐに別の生徒へと視線を移す。

「桜井」

ヒナはきょろきょろと周囲を見渡し、自分しかいないと気づいて指を差す。

「え、わ、私ですか……?」

リリィ先生は静かに頷いた。

「同じ質問よ」

ヒナは唾を飲み込み、心臓の高鳴りを必死に抑える。

そして――

「カグラの技が似ているのは……その起源が一つだからです」

教室が静まり返る。

「カグラは元々、“月の一族”から生まれたものです。それが戦闘技術として体系化されたとき、他の一族もそれを取り入れて発展させました。だから基本構造は同じで、各一族ごとに特徴が加えられているだけなんです」

言い終えた瞬間、ヒナは小さく息を吐いた。

リリィ先生の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

「正解よ」

そして、マリーへと視線を向けた。

「見習いなさい、スミス」

マリーはゆっくりとヒナの方を振り向く。

その視線は――明確な敵意を帯びていた。

ヒナはすぐに目を逸らす。

(関わらない方がいい……)

マリー・スミス。

誇り高く、そして危険な存在。

彼女に目をつけられれば、ただでは済まない。

ヒナの手はわずかに震えていた。

――だが、それが逆効果だった。

マリーにはそれが“見下し”に見えたのだ。

リリィ先生は黒板の前へと歩き、チョークを手に取る。

カツ、カツ、とヒールの音が教室に響く。

やがて――四層のピラミッドが描かれた。

「さて……カグラの説明に入る前に」

ピラミッドを指し示しながら続ける。

「これは“ヒラミティ・ハカ”。あなたたちの手首にある紋章とも関係しているわ」

――そして、静かに語り始めた。

リリィ先生は落ち着いた声で言った。

「カグラは単なる技術ではない。ましてや、ただの舞でもないわ」

「その起源は“月の一族”。かつては神聖な舞として存在していた。身体、呼吸、精神――すべてを一つに統一するための儀式だったの」

教室は息を呑むように静まり返る。

「2000年に入り、それは科学者によって戦闘体系へと変換された。今のカグラは、外見上の動きに頼らない。訓練された本能として発動されるの」

「だからこそ、あなたたちは一年目でそれを学ぶのよ。すべての戦いの基礎だから」

リリィ先生は黒板のピラミッドを軽く叩く。

「この“ヒラミティ・ハカ”は四層構造。すべての戦闘力を分類する基準よ」

彼女は一番下を指した。

「第一層――未習得。カグラを扱えない者。医療班に回されることが多い。紋章は不完全で、淡い三日月のまま」

次にその上。

「第二層――習得者。あなたたちね。呼吸と体の制御が必要。紋章にはエネルギーの線が現れる」

さらに上。

「第三層――上位者。本能でカグラを扱う存在。教師クラスよ。紋章はほぼ完成し、三本のエネルギーラインを持つ」

そして――頂点。

「第四層――“超越者”。到達者は極めて少ない。複数の一族の技すら扱える領域。紋章は完全体となり、まるで生きているかのように変化する」

一瞬の沈黙。

「そして――コライもまた、この階層に従う」

教室の空気が張り詰める。

「ただし、彼らの紋章は――弱点よ」

リリィ先生の声が低くなる。

「それを突けば……即死もあり得る」

誰も、言葉を発さなかった。

「覚えておきなさい」

彼女は静かに言い放つ。

「自分の階層を知らない者は――自分の死を知らないのと同じよ」


____

_______

授業が終わりに近づくにつれ――

生徒たちの質問が一斉に飛び交い始めた。

まるで蜂が蜜に群がるかのように。

「カグラって難しいんですか?」

「カグラは一番下の層から始まるんですか?」

「集中力って必要ですか?」

どの質問にも必ず“カグラ”が含まれている。

リリィ先生にとっては、どれも単調で退屈なものだった。

――その時。

一人の生徒が静かに手を挙げた。

短く波打つ茶色の髪、そして美しい紫の瞳。

穏やかな微笑みを浮かべている少女。

その笑みは――どこか作り物のようだった。

「……白神?」

リリィ先生が促す。

蝶の一族、白神リンは静かに口を開いた。

「中位層の技を使った後に、下位層の技を使うことは可能ですか?」

その質問に、リリィ先生の目がわずかに細められる。

(……いいところを突くわね)

「いい質問ね、白神」

わずかに頷き、答える。

「答えは“可能”。ただし――順序が重要よ」

教室が再び静まり返る。

「技は基本的に、上から下へと繋ぐもの。無秩序に使えば、流れが崩れる」

リリィ先生がさらに説明を続けようとした、その時――

キーンコーンカーンコーン。

休み時間を告げるチャイムが鳴り響いた。

「……ここまでね。続きは休み時間の後にするわ」

生徒たちは一斉に立ち上がり、ざわめきながら教室を出ていく。

――しかし。

ヒナは席に残っていた。

ノートに静かにペンを走らせ、今の内容を整理している。

その時――

ふと、顔に影が落ちた。

違和感を覚え、ゆっくりと顔を上げる。

そこに立っていたのは――

マリーだった。

腕を組み、不機嫌そうな表情。

その後ろには、二人の少女が控えている。

短いオレンジの髪の少女と、長い緑の髪の少女。

だがヒナの視線は――マリーから離れなかった。

(……まずい)

直感が告げる。

ヒナは慌てて立ち上がり、鞄を胸に抱きしめる。

「え、えっと……マリー。ちょうど帰ろうとしてたところで――」

その言葉が終わる前に。

マリーは一歩前に出た。

次の瞬間――

ヒナの首が、片手で締め上げられる。

「っ――!」

もう片方の手で、マリーはゆっくりとヒナの頬をなぞる。

爪が、かすかに肌を掠めた。

冷たい声が、耳元で囁かれる。

「ヒナ……次に私の邪魔をしたら――」

ぐっと力が込められる。

「その首、引き裂いてあげる」

呼吸が詰まる。

視界が揺れる。

限界に達した瞬間――

ドンッ。

マリーはヒナを突き飛ばした。

床に叩きつけられるヒナ。

「っ……!」

何も言えないまま、ただ息を取り戻そうとする。

その様子を一瞥すると――

マリーはくすりと笑った。

「……ふん」

踵を返し、そのまま教室を出ていく。

後ろの二人も、何も言わずに続いた。

――静まり返った教室に、ヒナだけが残される。

乱れた呼吸と、かすかな恐怖だけを残して。



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