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第27話:一族の恥、王国の恥


数世紀前、〈闇の時代〉が始まる前に、人間には二つの種族が存在することが発見された。

ひとつは、生まれながらにして奇妙な力を持ち、その力は十歳を迎えた時に目覚める〈異能者〉。

もうひとつは、まったく普通の人間であり、他の人々と同じように暮らしていたが、その数の少なさから〈孤立者〉あるいは〈忌み子〉と呼ばれていた。


時の流れとともに、さまざまな系統の力が現れ、それらは十の氏族に分類された。


月の一族(最初にして最も偉大な一族)。

闇の一族。

血の一族。

蝶の一族。

植物の一族。

雪の一族。

火の一族。

水の一族。

風の一族。

岩の一族。


それぞれの氏族には強力な長が存在し、彼らは〈十人の族長〉として知られていた。

だが、その均衡は〈灰の子らの惨禍〉によって崩れ去った。

それは〈影時かげし〉――〈影の時代〉において布かれた〈追放の掟〉によるものであり、一部の氏族を滅ぼすことを目的としていた。


だが誰も知らなかった。

その掟は〈カゲモリ〉の仕業ではなく、さらに強大で深淵なる闇の力によって生み出されたものであったことを――。



---





「やれやれ……やっと休憩だな」


フブキ・コリヤマは安堵したように息を吐いた。


C-2組、B-2組、そしてA-2組の生徒たちが一つの部屋へ集まり、ようやく身体を休められる時間が訪れたのだ。


新任教師が提案した地獄のような訓練。


その内容は徹底的に生徒たちの基礎体力を鍛えるものであり、多くの生徒が限界寸前まで追い込まれていた。


そんな様子を見かねたリリィが、生徒たちのために広い休憩室を用意することを提案したのである。


もちろん誰も反対しなかった。


疲労しきった身体では、自室まで戻る気力すら残っていなかったのだ。


「まるで地獄にいたみたいだ……」


デンジ・ヤママトは膝を抱えながら青ざめた顔で呟いた。


その表情は本気で恐怖を体験してきた人間のようだった。


「でも、その分だけ私たちの力になるんじゃないかな?」


サイカ・タチバナが少しでも場を明るくしようと微笑む。


だが、


「黙れ、サイカ。全然慰めになってない」


ノブヒト・タケが即座に突っ込んだ。


サイカは不満そうな視線を向ける。


その時、


「でも、私はサイカに賛成よ」


ユキ・シライが静かに口を開いた。


「私たちが強くなって、この土地を守りたいなら、この程度の苦労は乗り越えなきゃいけないわ」


その言葉にデンジは肩を落とす。


「はぁ……本当に君の忍耐力が羨ましいよ」


するとフブキが輪の中へ歩み寄った。


「俺たちは皆に見せつけてやろうぜ!」


彼は拳を握り締め、空へ突き上げる。


「二年生とフェリア学園の生徒たちがどれだけ強いのかを!」


その力強い言葉は仲間たちの胸を打った。


「おう!」


「その通りだ!」


ノブヒトも大きく頷く。


「努力を続ければ、誰にも止められないさ」


その様子を見ていたキキョウ・クロハナも小さく微笑んだ。


「それじゃあ、みんなで頑張りましょう」


生徒たちは笑顔で手を上げる。


「おーっ!」


だが――


マリー・スミスは手を上げなかった。


カミカ・キラスも。


イズキ・シノモリも。


まるで彼女たちの血が部族の使命とは無関係であるかのように。


まるで未来にこの土地を守る役目を背負っていないかのように。


三人の周囲だけが静寂に包まれていた。


それぞれが、自分自身の事情を抱えているように。


そんな中、サイカの視線が部屋の中を見渡す。


(誰かいない……?)


ふと、そんな違和感を覚えた。


◇ ◇ ◇


同じ頃。


同じ建物の別の場所。


桃色の髪を揺らしながら、一人の少女が柵の前に立っていた。


外の景色を見つめるその瞳。


左右で色の違うオッドアイは、どこか生気を失っている。


かつて抱いていた希望の光は見えない。


まるで枯れた花のようだった。


ヒナ・サクライの脳裏に、先ほど耳にした言葉が蘇る。


『あれが噂のサクライ家の姫なの?』


『もっと気の強い子だと思ってた』


『なんだか赤ちゃんみたい』


そして続く嘲笑。


耳障りな笑い声。


心の奥へ突き刺さる悪意。


(本当にそうなのかな……)


ヒナは胸の内で問いかけた。


(私はそんなに弱いのかな……そんなに情けなく見えるのかな……)


もしあの人が聞いていたら――


きっとすぐに叱っていただろう。


緑色の瞳。


優しい桃色の髪。


希望に満ちた笑顔。


ヒナの母。


皇后メディア・サクライ。


なぜ自分だけがその面影を受け継ぎながら、中身は空っぽなのだろう。


今となっては遠い夢。


幻のような思い出。


その時だった。


『ヒナ……』


聞き慣れた声が耳元で囁く。


幼い頃から何度も聞いた声。


あの日。


母の血で自分の服が赤く染まった夜。


森の中で響いた最後の声。


『ヒナ……』


ヒナは苦しそうに髪を握り締めた。


「やめて……お願いだから……」


震える唇から声が漏れる。


「あなたはただの幻なんだから……」


しかし次の瞬間。


返ってきた声は思いがけないものだった。


「幻って、私のこと?」


ヒナは驚いて顔を上げる。


そこに立っていたのは――


サイカ・タチバナだった。


「あ……」


自分の勘違いに気付いたヒナは慌てて笑顔を作る。


胸の痛みを押し隠すように。


「ごめん。少し考え事をしてただけ」


だがサイカの表情は晴れない。


「大丈夫?」


幼馴染だからこそ分かる。


ヒナが隠していることも。


苦しんでいることも。


誰より知っている。


「また……あの記憶?」


静かな問いかけ。


ヒナは無理に笑った。


「違うよ。たぶん変な薬を飲んじゃっただけ」


「それか実験室の薬品の影響かな」


「本当に大丈夫だから」


だが、その言葉とは裏腹に。


ヒナの瞳は酷く疲れていた。


光を失っていた。


サイカは何も言わず、そっとヒナの手を取る。


「少し休もう」


優しくそう言って部屋へ連れて行った。


結局。


あの幻は消えない。


母の幻。


何度忘れようとしても消えてくれない記憶。


優しい微笑み。


頭を撫でてくれた温もり。


一緒に動物と遊んだ日々。


花冠を作ってくれた時間。


その全てが今でも鮮明だった。


だからこそ、ヒナは考えてしまう。


(私は弱いのかな……)


(あの日、足を動かせなかったから?)


(母を助けられなかったから?)


(だから私は弱虫で、役立たずで……)


胸が締め付けられる。


そして最後に浮かぶのは、一つの疑問だった。


(だからお父様は……)


(私を王国へ連れて帰らず)


(本当の姫として認めず)


(この学園へ送ったのかな……)


一族の恥。


王国の恥。


そんな存在だから――。


ヒナは誰にも聞こえないほど小さく目を閉じた。

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