第24話:偽物?
数世紀前、〈闇の時代〉が始まる前に、人間には二つの種族が存在することが発見された。
ひとつは、生まれながらにして奇妙な力を持ち、その力は十歳を迎えた時に目覚める〈異能者〉。
もうひとつは、まったく普通の人間であり、他の人々と同じように暮らしていたが、その数の少なさから〈孤立者〉あるいは〈忌み子〉と呼ばれていた。
時の流れとともに、さまざまな系統の力が現れ、それらは十の氏族に分類された。
月の一族(最初にして最も偉大な一族)。
闇の一族。
血の一族。
蝶の一族。
植物の一族。
雪の一族。
火の一族。
水の一族。
風の一族。
岩の一族。
それぞれの氏族には強力な長が存在し、彼らは〈十人の族長〉として知られていた。
だが、その均衡は〈灰の子らの惨禍〉によって崩れ去った。
それは〈影時〉――〈影の時代〉において布かれた〈追放の掟〉によるものであり、一部の氏族を滅ぼすことを目的としていた。
だが誰も知らなかった。
その掟は〈カゲモリ〉の仕業ではなく、さらに強大で深淵なる闇の力によって生み出されたものであったことを――。
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太陽が昇る頃――。
それは生徒たちが学園へ帰還する時間だった。
リリィはハルト・キサラギに各クラスを送迎するバスの準備を頼み、帰路についた。
出発直後、車内は静寂に包まれていた。
リリィは疲労のあまり座席で眠りについており、運転手もただ前方の道路へ集中していた。
だが――。
誰も予想しなかった出来事が起きる。
それは突然だった。
道路の先に、黒い影が現れたのだ。
裂けた顔。
異様に飛び出した眼球。
人とは思えない不気味な姿。
その異形を目にした運転手は思わずハンドル操作を誤り、車体が大きく揺れた。
幸い事故には至らなかったが、その瞬間、車内の生徒たちの間に恐怖が走る。
そして眠っていたリリィも目を覚ました。
「……何があったんですか?」
運転手は答えられなかった。
震える手で前方を指差すだけだった。
しかし――そこには何もいない。
道路は静まり返っている。
最初は見間違いかと思ったリリィだったが、念のため前方へ目を凝らした。
その瞬間。
巨大な何かがバスの前へ飛び出した。
「――ッ!?」
それはコライだった。
裂けた顔。
黄ばんだ鋭い牙。
血のように赤い突出した瞳。
怪物は窓越しに彼らを見つめると、不自然な動きで首を一回転させた。
リリィは即座に扉を開く。
「早く行ってください! 生徒たちを安全な場所へ!」
運転手へ叫ぶ。
だがコライは拳を振り下ろし、バスの窓を激しく叩いた。
轟音と共に車内の生徒たちが悲鳴を上げながら後退する。
リリィはそのまま外へ飛び出した。
自ら囮になるために。
そして予想通り、コライは彼女を追い始める。
十分な距離を取ったリリィは静かに両手を構えた。
「植物のカグラ――第二階層・根の要塞。」
遠くから見守る生徒たちの周囲を無数の巨大な根が囲む。
それは彼らを守る防壁。
姿を隠すためではなく、守るための壁だった。
続けてリリィは詠唱する。
「植物のカグラ――第一階層・絡みつく根。」
大地から伸びた根がコライへ襲いかかる。
怪物の身体を締め上げ、骨が軋むほどの力で拘束した。
コライは怒り狂ったように咆哮を上げた。
しかし次の瞬間。
怪物の視線がある人物を捉える。
――カミカ・キラス。
彼女はただそこに立ち、コライを見つめていた。
その瞬間だった。
怪物の目が大きく見開かれる。
そして狂ったような絶叫を上げた。
耳をつんざく叫びに、生徒たちは思わず耳を塞ぐ。
コライは暴れ回り、発狂したように身体を振り回した。
やがて拘束する根から無数の棘が生え始める。
棘は怪物の腹部へ突き刺さり、そこに刻まれていた紋様を傷つけた。
すると――。
コライの身体は崩壊を始める。
肉の塊は溶け落ち、
最後には大量の血だけを残して消滅した。
◇ ◇ ◇
それから四時間後――。
リリィはC-2クラスが遭遇したコライ襲撃について学園長フェリアへ報告していた。
話を聞いたフェリアは、生徒たちへ十分な休息を与えるよう指示する。
突然の襲撃による精神的疲労は決して軽くなかったからだ。
休息を終えた後、授業が再開された。
そして授業の終わり際、教師たちは間近に迫った筆記試験について告げる。
その結果――。
現在、第二学年の多くの生徒たちは図書館へ集まっていた。
C-2だけではない。
学園中の生徒が試験勉強に追われていたのである。
◇ ◇ ◇
ヒナ・サクライはゆっくりと図書館へ足を踏み入れた。
受付へ辿り着くと、入館のため学生証を差し出す。
だがその時――。
聞き覚えのある声が耳に届いた。
「このバカ!」
マリー・スミスだった。
彼女はユキ・シライへ怒鳴りながら勉強をしている。
理由は特にない。
いつも通りだった。
ヒナは呆れたようにため息を吐く。
すると司書が小さく笑った。
「賑やかな子ですよね。」
「ええ……」
ヒナは苦笑しながら答える。
だがふと気になり、尋ねた。
「待ってください。もしかして彼女を知ってるんですか?」
司書は再び笑った。
そしてマリーへ視線を向ける。
「知ってますよ。まあ……ルームメイトですから。」
「……え?」
ヒナの身体が固まった。
目を見開きながら司書を見る。
「待ってください。今なんて?」
「だから、ルームメイトです。」
「まだ生きてるんですか!?」
思わず叫んでしまう。
司書は吹き出した。
「一応は。」
そして肩をすくめる。
「私も彼女と同じ闇の一族ですからね。もし違っていたら精神的に参っていたかもしれません。」
「納得です……。」
ヒナは遠くのマリーを見ながら頷いた。
司書は続ける。
「普段はお互い干渉しません。私は私のことをしますし、彼女も彼女のことをしています。」
「それが一番平和そうですね。」
「ただ――」
司書は少し考えるように言った。
「彼女の怒り方って、少し大げさな気がするんです。」
ヒナは首を傾げる。
「大げさ?」
「まるで常に不機嫌なふりをして、何かを隠しているみたいな。」
そう言って姿勢を正した。
「もちろん、ただの私の想像ですけどね。あの子の本心なんて誰にも分かりません。」
ヒナは黙ってマリーを見つめた。
確かに司書の言葉には一理あった。
マリー・スミスはいつも苛立った表情しか見せない。
泣いている姿も。
苦しんでいる姿も。
心から笑う姿も。
誰も見たことがない。
まるで怒りという仮面で、本当の感情を押し殺しているかのように。
――それが、長い間同じ部屋で暮らしてきた司書の抱いた印象だった。




