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第18話:信頼の話題ではない


数世紀前、〈闇の時代〉が始まる前に、人間には二つの種族が存在することが発見された。

ひとつは、生まれながらにして奇妙な力を持ち、その力は十歳を迎えた時に目覚める〈異能者〉。

もうひとつは、まったく普通の人間であり、他の人々と同じように暮らしていたが、その数の少なさから〈孤立者〉あるいは〈忌み子〉と呼ばれていた。


時の流れとともに、さまざまな系統の力が現れ、それらは十の氏族に分類された。


月の一族(最初にして最も偉大な一族)。

闇の一族。

血の一族。

蝶の一族。

植物の一族。

雪の一族。

火の一族。

水の一族。

風の一族。

岩の一族。


それぞれの氏族には強力な長が存在し、彼らは〈十人の族長〉として知られていた。

だが、その均衡は〈灰の子らの惨禍〉によって崩れ去った。

それは〈影時かげし〉――〈影の時代〉において布かれた〈追放の掟〉によるものであり、一部の氏族を滅ぼすことを目的としていた。


だが誰も知らなかった。

その掟は〈カゲモリ〉の仕業ではなく、さらに強大で深淵なる闇の力によって生み出されたものであったことを――。



---





足を止めたのは――

背後に“何か”の気配を感じたからだった。


カミカはゆっくりと振り返る。


時刻はすでに深夜。

大訓練場は閉鎖され、生徒たちはそれぞれの部屋へ戻っている頃だった。


だがカミカだけは違った。


彼女は部屋へ戻るのではなく、学院内に設置された臨時評議会室へ向かっていた。

学院長による緊急会議。

理由は伏せられていたが、その情報を耳にした彼女は静かに行動を起こしていた。


しかし――その途中で、足を止めさせられた。


会議室までは、あと数歩。


だが背後に立つ“影”が、彼女の注意を引いた。


夜の闇に溶け込むその存在。

まるで赤い眼だけが浮かび上がっているかのようだった。


獲物を監視する猛禽のような視線。


それでもカミカは動じない。


ただ一瞥だけを向け、ほとんど囁きに近い声で呟いた。


「……なぜ私を尾行するの?」


再び閉ざされた会議室の扉へ視線を戻す。

扉の向こうからは、学院長たちの低い話し声が漏れていた。


「バレてたか……相変わらず鋭いな、カミカ」


軽薄な男の声。


しかしカミカは振り返らない。


そのまま無言で立ち尽くしていた。


やがて背後の気配が近づいた瞬間――

彼女の声音が鋭く変わる。


「お前がスパイオンに命令されて来たのかは興味ない。だけど――」


そこで初めて、カミカは振り返った。


その瞳は冷たく、鋭利な刃のようだった。


「私の任務を邪魔するな、ケンジ。

本気で……私を敵に回したいわけじゃないでしょう?」


ケンジは鼻で笑う。


そして壁へ身体を預けるようにしながら、皮肉げに口角を吊り上げた。


「敵ぃ?

俺とお前は同じだろ。

同じ組織で、同じ男の下で働いてる」


ゆっくりと彼は続ける。


「お前の父親は俺の上司だ。

俺たちは“カゲモリ”の人間。

そして二人とも――フェリアを壊す側だ」


次の瞬間、彼はどこか壊れたような笑みを漏らした。


「俺たちは同じように血で手を汚してきた。

だから“自分だけは違う”みたいな顔するなよ、カミカ」


だがカミカは瞬きすらしない。


むしろその眼差しは、さらに冷え込んでいく。


「分かってる。

だから言ってるの。

お前も、お前を送り込んだ連中も……私の邪魔をするな」


彼女は静かに続けた。


「もうすぐ学院の情報も、“あの写本”も、全て組織の手に入る」


「言っとくが、俺は誰かに命令されたわけじゃねぇ」


ケンジは肩をすくめる。


「ただ、お前を見に来ただけだ」


カミカは小さく頷いた。


それ以上、会話を続ける気はないらしい。


一方のケンジは窓枠へ飛び乗ると、最後に片手を軽く振った。


そして次の瞬間――

闇の中へ身を投げるように消えた。


入れ替わるように会議室の扉が開く。


学院長が外へ出てきた。


だが彼の目に映ったのは、静まり返った暗い廊下だけ。


確かに先ほど、何か声が聞こえた気がした。

だが疲労のせいだろうと判断し、深く気に留めることはなかった。


――――――


同じ頃。

だがそこは学院から遥か遠く。


“悪”が闇の底から生まれた場所。


巨大な蛇の頭を模した禍々しい玉座。

そこに、一人の男が腰を下ろしていた。


長く波打つ緑髪。

蒼い瞳を持つ女――ルナは、その男を静かに見つめている。


しかし男の顔は闇に隠れ、はっきりとは見えない。


男は玉座の肘掛けを指先で軽く叩いていた。


もう片方の手には、飲みかけのグラス。


その視線はただ一点――

目の前の巨大なモニターへ向けられていた。


映し出されているのは学院ではない。


“カミカ・キラス”ただ一人。


彼は学院を監視しているのではない。


カミカを見ていた。


「……彼女を信用していないのですか?」


ルナが低く問いかける。


主君の前では声を荒げない。

それが彼女の礼儀だった。


男は僅かに笑った。


「信用の問題じゃない、ルナ」


足を組み、王のように玉座へ深く腰掛ける。


視線は依然としてモニターから外れない。


そこには、学院長を待ちながら暗闇に潜むカミカの姿が映っていた。


男はゆっくりと言葉を続ける。


「カゲモリの構成員は全員監視対象だ。

例外なくな」


グラスを傾け、一口だけ酒を飲む。


そして静かに呟いた。


「特に――カミカ・キラスは」


ルナは黙って頷いた。


「承知しました」


短い返答。


だがその中には、忠誠も、権力も、力への執着も、そして一族への憎悪も含まれていた。


それらは全て、“カゲモリ”の人間に共通するもの。


だが――


カミカだけは違う。


だからこそ彼女は、組織の中でも特別視されていた。

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