第13話: 私はしようとしています
数世紀前、〈闇の時代〉が始まる前に、人間には二つの種族が存在することが発見された。
ひとつは、生まれながらにして奇妙な力を持ち、その力は十歳を迎えた時に目覚める〈異能者〉。
もうひとつは、まったく普通の人間であり、他の人々と同じように暮らしていたが、その数の少なさから〈孤立者〉あるいは〈忌み子〉と呼ばれていた。
時の流れとともに、さまざまな系統の力が現れ、それらは十の氏族に分類された。
月の一族(最初にして最も偉大な一族)。
闇の一族。
血の一族。
蝶の一族。
植物の一族。
雪の一族。
火の一族。
水の一族。
風の一族。
岩の一族。
それぞれの氏族には強力な長が存在し、彼らは〈十人の族長〉として知られていた。
だが、その均衡は〈灰の子らの惨禍〉によって崩れ去った。
それは〈影時〉――〈影の時代〉において布かれた〈追放の掟〉によるものであり、一部の氏族を滅ぼすことを目的としていた。
だが誰も知らなかった。
その掟は〈カゲモリ〉の仕業ではなく、さらに強大で深淵なる闇の力によって生み出されたものであったことを――。
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その場で立ち尽くしていないで……お願い。
何もしないまま、そこで凍りつかないで。
お願い、ヒナ……まだ間に合う。あなたが動きさえすれば――。
(あの時、私が手を伸ばして彼女を助けていたなら……今頃すべては違っていたのかもしれない)
「止まって――!」
意識が現実へと引き戻される。
今の彼女は脱出試験の真っ最中だった。
どうしてこうなったのか、自分でも分からない。
カミカとどんな会話を交わしたのか。
なぜカミカが後ろからヒナの制服を掴んだのか。
その理由すら曖昧だった。
ヒナはまたやってしまった。
いつもそうだ。
逃げ場のない状況に追い込まれると、身体が凍りついてしまう。
試験が始まってからずっと走り続けていた。
だがカミカは違った。
飛び散る岩を避けながら、爆発で砕けた巨大な岩の破片を掴み、迫ってくる岩へ投げつけて軌道を逸らしていた。
爆発の気配を感じるたびに、自らを守る行動を取っていた。
恐怖も焦りもない。
迷いなく、自分の判断だけを信じて進んでいる。
そんな姿が羨ましかった。
どうして彼女はこんなにも強いのだろう。
どうしてあんなにも早く決断できるのだろう。
どうして自分は彼女のようになれないのだろう。
考えすぎた代償は大きかった。
気づけば二人は最悪の状況に追い込まれていた。
背後から迫っていた爆発は、いつの間にか前方にも現れている。
挟み撃ちだった。
ヒナに直撃する寸前――。
カミカなら見捨てることもできたはずだ。
それなのに。
先ほどヒナが向けた視線。
無理に作ったあの笑顔。
それが脳裏に残っていたのか。
カミカは前へ倒れ込もうとしたヒナを引き止めた。
冷酷。
無感情。
人の皮を被った怪物。
特殊任務のためにカゲモリから送り込まれたスパイ。
感情ではなく理性で動く人間。
そんな彼女が、この学園で最も臆病だと言われても仕方のない少女を救った。
「無茶をしすぎ」
たった二言。
だがその重みはヒナの胸に深く突き刺さった。
誰をごまかそうとしているのだろう。
カミカの言う通りだった。
強くなろうと決めたあの日から。
その焦りはずっと彼女の中にあった。
「わ、私は……ごめんなさい」
だがカミカは振り向かない。
謝罪にも興味を示さない。
ヒナを少し後ろへ引き戻し、隣へ並ばせた。
「爆発には……決まったタイミングがある」
ヒナは目を見開く。
「え……?」
カミカは答えない。
ただ前方の黒い斑点を見据えていた。
モリヤマの戦い方を観察して気づいたのだ。
彼女は毎ラウンド、同じ技を使いながらも運用方法を変えていた。
学生たちに攻略法を悟らせないためだ。
だが一つだけ使われていないパターンがあった。
それを最後のラウンドまで温存していたのだろう。
「ついてきて」
「でも――」
言い終わる前にカミカは走り出した。
ヒナには従う以外の選択肢がなかった。
「止まって」
言われるままに足を止める。
カミカは腕を上げて顔を守った。
「あなたも」
ヒナも慌てて同じ姿勢を取る。
最初は静寂だった。
だが空気は張り詰めている。
五秒。
それだけだった。
次の瞬間、大地が震えた。
ヒナとカミカの身体も激しく揺れる。
そして――。
前方で爆発が発生した。
(やっぱり……)
カミカは確信する。
(後方の爆発で私たちを焦らせる。そして前方の爆発で進行を妨害する。その間に時間を奪うつもりね)
彼女は再び走り出した。
ヒナも後を追う。
カミカの思考を読み取ろうとするが、表情からは何も分からない。
わずかに寄せられた眉だけが、その集中力を物語っていた。
「止まって」
再び停止。
何も起こらない。
そして五秒後。
前方で爆発。
さらに走り出した直後、今度は背後で爆発が起こる。
「分かった!」
ヒナは目を見開いた。
「前方の爆発の後に後方が爆発する……! そして前方が爆発するまでの間隔は五秒!」
カミカは答えない。
ただ再び足を止める。
今度はヒナも同時に止まった。
モリヤマの癖を理解したことで、状況は一気に楽になった。
二人は着実に前進していく。
残り時間は少ない。
だがゴールラインは目前だった。
――その時。
モリヤマが戦術を変えた。
前後同時の爆発。
二人を包囲するように炸裂し、土煙が渦巻く。
カミカの視界からヒナの姿が消えた。
集中を切らしたわけではない。
ヒナを探していたのだ。
だがヒナも、今回は違った。
役に立ちたかった。
だから地面へ膝をつき、ポケットから一本の試験管を取り出す。
中には緑色の液体。
それを地面へ撒いた。
直後。
土煙が薄れていく。
大地の振動も。
足元から響いていた轟音も。
静かに収まった。
それはヒナが開発した薬剤だった。
地盤の暴走を一時的に抑制する特殊血清。
もちろん完全制御は不可能だ。
カグラを薬品だけで支配することなどできない。
だが。
今この瞬間には十分だった。
残り時間はほとんどない。
二人は同時に駆け出す。
そして――。
最後の一秒が尽きる直前。
ゴールラインを越えた。
巨大スクリーンが最後に輝く。
そこに表示されたのは二つの名前。
ヒナ・サクライ
カミカ・キラス
――勝者。
ヒナはその場に膝をついた。
息は荒く、全身は限界だった。
今にも倒れそうだった。
それでも。
カミカの中に見たあの確信。
あの揺るぎない強さ。
それがあったからここまで来られた。
言葉は交わしていない。
それでも。
彼女に追いつきたい。
彼女のようになりたい。
その想いがヒナを走らせたのだ。
背を向けて去ろうとするカミカを、ヒナは呼び止めた。
「カミカ――」
カミカは振り向かない。
それはもう慣れていた。
だからヒナは微笑む。
「ありがとう」
カミカには意味が分からなかった。
なぜ感謝されるのか。
理解できなかった。
自分が持つ勇気も。
自信も。
強さも。
それがヒナに影響を与えていたことを。
人はそれを――成長への一歩と呼ぶ。
だがカミカは。
それをただ――弱さと呼んだ。




