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第12話:炎と氷の協力関係


数世紀前、〈闇の時代〉が始まる前に、人間には二つの種族が存在することが発見された。

ひとつは、生まれながらにして奇妙な力を持ち、その力は十歳を迎えた時に目覚める〈異能者〉。

もうひとつは、まったく普通の人間であり、他の人々と同じように暮らしていたが、その数の少なさから〈孤立者〉あるいは〈忌み子〉と呼ばれていた。


時の流れとともに、さまざまな系統の力が現れ、それらは十の氏族に分類された。


月の一族(最初にして最も偉大な一族)。

闇の一族。

血の一族。

蝶の一族。

植物の一族。

雪の一族。

火の一族。

水の一族。

風の一族。

岩の一族。


それぞれの氏族には強力な長が存在し、彼らは〈十人の族長〉として知られていた。

だが、その均衡は〈灰の子らの惨禍〉によって崩れ去った。

それは〈影時かげし〉――〈影の時代〉において布かれた〈追放の掟〉によるものであり、一部の氏族を滅ぼすことを目的としていた。


だが誰も知らなかった。

その掟は〈カゲモリ〉の仕業ではなく、さらに強大で深淵なる闇の力によって生み出されたものであったことを――。



---





恐怖で視線が固まっていた。


その瞳は大きく見開かれ、わずかに震えている。


ユキ・シライは、この学園に入学して以来、今日ほど強い緊張を感じたことがなかった。


自分なら困難を乗り越えられると思っていた。


炎の一族に属する誇りがある。


揺るがぬ意志がある。


負けない覚悟もある。


だが――


他の生徒たちが次々と苦戦し、敗北していく姿を目の当たりにした瞬間、その自信は大きく揺らいだ。


まるで見えない釘で足を地面に打ち付けられたかのように、ユキはその場から動けなくなる。


マリー・スミスですら、最後まで諦めなかったからこそ勝利を掴めた。


ユキが憧れ、友達になりたいと願った少女。


そのマリーでさえ、自らを犠牲にしてリン・シリガミを勝たせたのだ。


その光景はユキの心を大きく揺さぶった。


(どうして……?)


(マリーでもあれほど苦戦したのに……私なんかが……)


時間が流れていることにも気付かなかった。


モリヤマ先生が準備を促している声すら耳に入らない。


そんな時だった。


誰かの手が、そっと肩に置かれる。


「ユキ……」


振り返る。


そこには――


フブキ・コリヤマがいた。


変わらない自信に満ちた笑顔。


どんな嵐にも揺るがない山のような表情。


確かに怖い。


この試験は多くを失う危険がある。


だが強者とは――


傷つき、抗い、倒れ、それでも立ち上がる者だ。


大切なのは、決して諦めないこと。


「君の気持ちは分かるよ、ユキ。でも……ここで立ち止まっちゃ駄目だ」


フブキは彼女の表情を見ていた。


眉間に寄る小さな皺。


迷い。


不安。


そして何度も繰り返している問い。


(私は役に立てるの?)


「何が分かるっていうの……」


声は弱々しかった。


諦めと涙の間で揺れている。


だがフブキは穏やかに言った。


「本物の戦士は、一時的な恐怖なんかに支配されない」


そして続ける。


「本物の戦士は、扉が閉まっているからって道を諦めたりしない。窓から飛び込めばいいんだからさ」


その比喩は単純だった。


けれど十分だった。


ユキは気付く。


きっと自分は考えすぎていたのだ。


勝つか負けるかなんて分からない。


大事なのは――


挑戦すること。


長い息を吐き出した後、ユキはスタートラインの前にしゃがみ込む。


そして力強く頷いた。


「準備できた」


フブキも同じように構える。


しかし試験開始直前、彼は突然立ち上がった。


何かを思い出したように。


「モリヤマ先生。一つ確認です」


「ん?」


「道具の使用は可能ですか?」


モリヤマ先生は親指を立てた。


「もちろん許可するわ」


「ありがとうございます」


再びスタート位置へ戻る。


ユキと視線を交わし、小さく頷き合う。


そして――


試験開始の笛が鳴った。


二人は駆け出す。


ひたすら。


前へ。


まるで当てもなく走るかのように。


「フブキ! どうするの!?」


ユキは叫んだ。


爆発が影のように追いかけてくる。


前からも。


後ろからも。


「走り続ける」


即答だった。


ユキは目を見開く。


「えっ!? 本気なの!?」


だがフブキは真剣な眼差しを向ける。


信じろ。


そう語る瞳だった。


ユキは頷く。


「……信じる」


地獄のような状況だった。


二人とも危険に身を晒している。


観戦していたモリヤマ先生でさえ眉をひそめる。


(あの子たち馬鹿なの……?)


その時だった。


フブキがポケットに手を入れる。


取り出したのは小さな盾。


しかしボタンを押した瞬間――


盾は一気に巨大化した。


彼の全身を覆うほどに。


「えっ!?」


ユキが驚く。


だがフブキはそのまま彼女の背後へ回った。


巨大な盾を構え、爆発から守る壁となる。


「後で説明する!」


叫ぶ。


「今は前だけ見て走れ! 背中は俺が守る!」


「でも危険だよ!」


「それでも勝てる!」


フブキは笑った。


「それが協力ってものだろ、ユキ!」


その声は温かかった。


だからこそユキは思う。


(この人は馬鹿なのかな……)


(それとも勇敢なのかな……)


だが考えている暇はない。


時間は減り続ける。


ここで立ち止まれば負ける。


信じるしかない。


ユキは残された力を振り絞った。


全力で前へ走る。


フブキもまた後方を向いたまま走り続けた。


巨大な盾で彼女を守りながら。


時間は刻まれる。


ゴールは近い。


距離も縮まっている。


(まだ希望はある……!)


そう思った瞬間だった。


大地が最後の爆発を起こす。


しかし今度は後ろではない。


前方だった。


ユキは吹き飛ばされる。


地面に倒れ込む。


体が動かない。


視線を向ける。


そこには――


フブキが倒れていた。


脚には深い裂傷。


流れ出た血が地面を赤く染めている。


惨憺たる光景だった。


どうして。


どうして自分はこんなにも無力なのだろう。


どうして彼を危険な目に遭わせてしまったのだろう。


残り時間はわずか。


ゴールまでもあと少し。


なのに立てない。


(私は……駄目だ……)


その時。


脳裏に響いた。


『本物の戦士は、扉が閉まっているからって道を諦めたりしない』


『窓から飛び込めばいいんだからさ』


フブキの言葉。


何度も何度も繰り返される。


(そうだ……)


ユキは地面を掴む。


そして這い始めた。


腕が擦り切れる。


体が重い。


苦しい。


それでも進む。


(マリーだったら……)


(きっと諦めない)


少しずつ。


少しずつ。


前へ。


(たとえ負けるとしても……)


カウントダウンが始まる。


五。


四。


三。


二――


(挑戦したことに意味がある!)


最後の力を振り絞る。


ユキはゴールへ向かって手を伸ばした。


その直後。


視界がぼやける。


意識が沈む。


聞こえてきたのは歓声だけ。


そして――


モリヤマ先生の声。


「ユキ・シライ、フブキ・コリヤマ――合格!」


そう。


間に合ったのだ。


ユキは最後の最後でゴールラインへ到達していた。


たとえ伸ばした手だけだったとしても。


二人は勝利した。


胸を張って誇れる勝利だった。


医療班が駆け寄る。


気を失ったユキ。


負傷したフブキ。


ユキは治療室へ搬送された。


ハルカが働く医務室で休息を取るために。


一方のフブキは傷こそ深かったが意識ははっきりしていた。


応急処置を終えた後、彼は合格者席へ向かう。


ぼんやり考え事をしていた時だった。


「おめでとう、フブキ」


聞き慣れた声。


ヒナ・サクライだった。


彼女は最初からフブキの勝利を願っていた。


フブキは笑顔で親指を立てる。


「偉大な者は負けないんだよ」


ヒナは思わず笑った。


だがその表情はやがて心配へ変わる。


「でも……本当に危なかったよ。二人とも死んでもおかしくなかった」


フブキは静かに頷いた。


「その通りだね」


そして続ける。


「でも俺はユキに助けられたんだ」


「え?」


「頑張ったのは彼女だよ。俺なんかよりずっと」


ヒナが返事をしようとした瞬間――


巨大スクリーンが輝いた。


最終試合の組み合わせが表示される。


ヒナ・サクライ。


カミカ・キラス。


ヒナは思わず息を呑んだ。


「次は君だね」


フブキが言う。


ヒナは小さく頷く。


「うん」


「全力を出してこい」


フブキは笑う。


「そして俺を超えろ。君は俺より凄いんだから」


ヒナは目を見開いた。


信じられないものを見るような表情。


「フブキ……」


すると彼は腕の筋肉を見せつけるように力を込めた。


「強さは筋肉だけじゃない」


そう言って自分の頭を指差す。


「ここだよ」


――頭脳。


「君はそれを持ってる」


ヒナの瞳が揺れる。


そして優しく微笑んだ。


「……そうだね」


この試験は、ただ勝者と敗者を決めるためのものではなかった。


新しい絆を生み出す場所でもあった。


理解と受容から生まれる絆。


憎しみから生まれる絆。


嫉妬から生まれる絆。


形は違っても。


誰もが同じ場所へ向かっている。


その場所へ辿り着くために、人はそれぞれ異なる道を歩くのだ。

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