第82話:身体を起こす試み
意識を取り戻したとはいえ、身体はまだ鉛のように重い。
天幕の中の空気は、ほんのりと暖かく、薬草を煮出した蒸気が薄く漂っている。乾いた喉を潤そうと唇を動かすが、声がかすれて出ない。
オレは深く息を吸い込み、肺に空気を満たす。その行為だけで、胸の奥に鈍い痛みが走った。
——やはり、まだ動くには早いか。
そう思った瞬間、傍らから小さな気配が近づいた。
「……起きようとしているのですか?」
アリシアの声だ。驚きと、わずかな非難が混ざっている。
「寝ていればいい」
そう返す代わりに、オレは無言で首を横に振った。
手を床について上体を起こそうとする。だが、筋肉が悲鳴をあげ、視界がかすむ。
その瞬間、背にそっと手が添えられた。アリシアの指先は温かく、だが支える力は確かなものだった。
「無理はしないで……でも、立ち上がるつもりなら、支えます」
彼女の声に、オレはわずかに息を吐き、もう一度力を込めた。
膝を曲げ、足に体重をかける。足元の感覚は頼りなく、灰の感触が靴底越しにじわりと伝わってくる。
立ち上がる、それだけの動作が、戦場で炎龍に立ち向かったあの瞬間よりも長く感じられた。
やっとのことで腰を上げると、天幕の外の光が視界に差し込んだ。灰色の大地が遠くまで広がり、ところどころに崩れた岩壁が影を落としている。その光景が、戦いの爪痕を無言で物語っていた。
息を整えながら、オレはゆっくりと歩み出す。
隣にはアリシアがいる。その存在は、ただの支えではない。彼女の手が肩に触れているだけで、倒れることはないという確信が胸の奥に宿る。
——まだ終わっていない。
身体は傷一つなくとも、消耗は深い。だが、それすらも次に進む糧に変えてみせる。




