第80話:寄り添う影
ふと気づくと、視界の端に細い影が差していた。
アリシアが、焚き火の向こうから静かに歩み寄ってくる。
彼女の足取りは音もなく、炎の光に長く揺れる影だけが、地面に寄り添うように伸びていた。
「……目が覚めたのね」
小さく微笑みながら、アリシアはオレの隣に腰を下ろす。
その動作は、まるでずっとここにいるのが当然だったかのように自然だ。
香草の匂いがわずかに漂い、戦場の焦げた匂いをかき消していく。
「皆、眠ってる。ようやく安心できたから」
彼女の視線が、仲間たちが横たわる影の向こうへと向けられる。
イーサンの腕は包帯で固く巻かれ、リオナは小さく丸くなって眠り、トマスとファルクは背中を合わせるようにして焚き火の熱を分け合っていた。
オレは小さく頷く。
「……お前も休め。ここまで来るのは、楽じゃなかったはずだ」
「あなたが戻るまで、休む気にはなれなかったわ」
アリシアの言葉は、あまりに淡々としていて、そこに特別な感情を探すことは難しい。
けれど、その淡さの奥に、確かな何かが潜んでいるような気がした。
焚き火の明かりが、彼女の横顔を柔らかく照らす。
その輪郭はどこか現実離れしていて、この世界の夜気と同化するように溶け込んでいた。
オレは一瞬、視線を逸らし、炎龍との戦いで感じた不可解な感覚を思い出す。
——あのとき、誰かが魔力の流れを補助してくれたような……。
「……いや、考えすぎだな」
小さく呟くと、アリシアがわずかに首をかしげた。
その仕草は、何も知らない無垢な少女のようでもあり、何もかも知っている者のようでもあった。
炎が小さく爆ぜる音だけが、二人の間に残った。
寄り添う影は、夜明けの薄明かりが訪れるまで、決して離れようとはしなかった。




