第62話:咆哮の予兆
谷間の底から、地を揺らす低音が響き上がった。
大地の奥底で巨大な何かが息をしている——そんな錯覚では済まされない、肌を刺すような圧力が空気を満たす。
オレは足を止め、薄闇に沈む崖下を見据えた。そこから吹き上がる風は、焦げた石と硫黄の匂いを含み、肺の奥を焼くようだ。
(……来るな)
理性がそう告げる一方で、心臓は加速し、全身の血が熱を帯びていく。
オレは膝をつき、胸部のプレートを押し込む。
「——《ラグナ》、起動」
青白い魔力の光が胸の中心から広がり、肩、腕、脚へと走る。重厚な装甲が次々と展開し、金属の擦れる音と魔力の唸りが混じって周囲の空気を震わせる。
かつてゲームの中でしか存在しなかった全身魔装アーマードスーツが、いま現実の肉体に密着し、鼓動と完全に同期する。
視界にデータが流れ込み、熱源探知の輪郭が崖下に潜む巨大な影を描き出した。
そのシルエットは、翼を閉じたままでも城の塔に匹敵する巨体——炎龍。
地面が不意に揺れ、次の瞬間、耳を裂く咆哮が谷を満たした。
轟音と共に熱風が吹き荒れ、岩肌が赤く染まり、砂塵が舞い上がる。
(ここからは——一歩も退かない)
ラグナの装甲が低く唸り、全身の魔力循環が戦闘モードへ移行する。
オレは腰を落とし、両手の武装を展開した。
赤黒い雲が割れ、炎龍の黄金の瞳が闇の中に二つ、ゆっくりと開いた。
その瞬間、世界は静止し——次いで、破滅の音が鳴り響いた。




