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第61話:現実の比喩

 炎龍の巣穴を目前に控え、荒れ果てた岩場の上を、乾いた風がうなりをあげて吹き抜けていく。

 遠く西の空はすでに茜から群青へと移ろい、沈みかけた太陽が谷間の壁を赤く染めていた。その色は、まるでこれから流れるであろう血と炎の予兆のようだった。


 オレは一歩前に出て、仲間たちの顔を順に見渡す。

 イーサンは鋭い眼差しで前方を監視し、リオナは薬草袋を抱く腕に力を込め、トマスとファルクは剣の柄を握り締めている。

 誰もが、ここから先がただの旅路ではなく、生還の保証がない死地であることを理解していた。


 「……ここから先は、オレ一人で行く」

 低く放った言葉に、全員の視線が一斉に集まる。

 「馬鹿な、そんな真似——」とイーサンが声を荒げかけたが、オレは首を振って遮った。

 「命令だ。全員、ただちに退避しろ」


 張り詰めた空気の中で、アリシアが静かに一歩踏み出した。

 「あなたを……ひとりにはできません」

 その瞳には、揺るぎない光が宿っていた。


 「ダメだ」

 オレは一瞬だけ目を閉じ、そして真っ直ぐに彼女を見据える。

 「これはオレの戦いだ。お前まで巻き込むわけにはいかない」


 「でも——」

 彼女は唇を噛み、言葉を飲み込む。その肩は小刻みに震えていた。

 オレはさらに声を強める。

 「命令だ、退け」


 長い沈黙が落ちた。

 やがてアリシアは視線を逸らし、ほんのわずかに頷く。その仕草は従った証であると同時に、胸の奥に消えない悔しさを押し隠しているようだった。


 仲間たちが動き出し、足音が岩場の上で遠ざかっていく。

 その背が完全に見えなくなるまで、オレは立ち尽くしたまま動かなかった。


 (……ここから先は、誰も連れてはいけない)

 これは、ゲームのシナリオでもイベントでもない。失敗すれば、ここで全てが終わる——現実の死だ。


 風が冷たく頬を撫でる。

 オレは右手を胸のプレートに添えた。その内奥に眠る全身魔装アーマードスーツ《ラグナ》が、鼓動と呼応するようにわずかに震える。

 ——次に仲間と会う時、オレは必ず炎龍を屠った後でなければならない。


 ゆっくりと歩を進める。

 その先に待つのは、炎と死と、そして——まだ見ぬ結末。

 夕闇の中、岩肌を踏む足音だけが、静かに戦いの始まりを告げていた。

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