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第59話:巣穴目前

 氷壁を削って造った即席の道を越えると、さらに標高は上がり、周囲の景色は一層荒々しさを増していった。風はほとんど絶え間なく吹きつけ、耳元で甲高い悲鳴のような音を立てている。岩肌は黒ずみ、氷雪がその上を覆い、光を反射して目を刺した。

 ここまで来ると、空はもう手を伸ばせば触れられそうなほど近い。雲は足元を流れ、空気は薄く、胸の奥まで冷気が突き刺さる。


 アリシアは幾度となく「天地創造」を行使し、行く手を阻む断崖や氷塊を削り、踏みしめられるだけの通路を生み出してきた。その度に彼女の顔色は蒼白になり、肩で息をしている。

 オレは魔力の供給を続けながら、ラグナの防御を必要最低限に絞っていた。寒風が装甲の隙間から突き刺さり、皮膚の感覚が鈍くなっていくが、ここで止まるわけにはいかない。


 やがて、山肌の向こうに、不自然な暗がりが口を開けているのが見えた。雪と氷に覆われた崖の中腹、その奥は漆黒の闇が広がり、冷気とは別種の重苦しい圧迫感がこちらを押し返してくる。

 「……あれが」

 誰かのかすれた声が、風音に混じって消えそうになる。


 炎龍の巣穴。

 ゲームデザインを担当していた頃、何度もデータと図面で見た場所。しかし現実として目にするそれは、まるで生き物の口腔のように、湿り気を帯びた空気を吐き出し、熱を孕んだ匂いを漂わせていた。

 その匂いには、焦げた金属のような苦みと、獣の血の生臭さが入り混じっている。遠くからでも、かすかな振動が足元を通じて伝わってきた。それはただの地鳴りではなく、巣穴の奥で眠る巨躯が、ゆっくりと呼吸をしている証だった。


 「ここまで来たか……」

 オレは深く息を吐く。仲間たちも無言のまま、それぞれ武器を握り直す。

 アリシアが最後の一歩を踏み出し、足元の雪を払う。彼女の銀髪が強風に流され、陽光を受けて一瞬だけ輝いた。

 その背後で、雲が裂け、赤い夕陽が崖を照らす。まるで、この先に待つ戦いを告げる合図のように——。


 巣穴の奥の闇に、一瞬だけ、紅蓮の光が滲んだ。

 次の瞬間、低く腹に響くような唸り声が空気を震わせ、足元の雪が細かく弾け飛ぶ。

 ——目覚め始めた。


 オレは拳を握りしめ、心の中でただひとつ呟いた。

 ――これはゲームじゃない。

 リセットも、やり直しもできない。

 それでも、行く。

 この世界の痛みを、もう見過ごすわけにはいかないのだから。

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