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第58話:不吉な兆し

 標高が上がるにつれ、空気は急速に薄くなり、肺が焼けるような息苦しさが胸を締めつける。吐く息は瞬く間に白く凍り、顔に当たる風は皮膚を切り裂くように冷たい。足元は岩と氷の入り交じった急斜面で、踏みしめるたびにザラリと雪混じりの砂礫が崩れ落ちていく。

 視界の先には、そびえ立つ氷壁と断崖が行く手を完全に塞いでいた。地図には道があるはずの場所——だがそれは現実には存在せず、山岳地帯特有の地形変動と崩落によって完全に寸断されている。


 「……ここから先は、もう道じゃないな」

 吐き出した言葉が風にさらわれる。イーサンが険しい表情で先を見上げ、リオナが唇を噛む。

 ここを越えるには、ただ歩くだけでは不可能だ。そもそも、人の足が入れるような地形ではないのだ。


 その時、アリシアが一歩前に出て、手袋越しの指先を静かに組む。

 「——創るしかありません」

 彼女の瞳は、雪と氷に閉ざされた断崖をまっすぐに射抜いていた。


 次の瞬間、淡い光が彼女の両手から溢れ出す。地面が低く震え、氷と岩がきしむ音が谷間に反響する。断崖の表面がひび割れ、砕けた岩片が滑り落ちると、その奥から滑らかな傾斜がせり出すように現れた。氷の壁が退き、岩肌が露出し、そこに新たな通路が形作られていく。


 「行けます」

 アリシアの声に、オレは頷く。だが彼女の額にはすでに汗がにじみ、息も浅くなっている。魔力の消耗は想像以上だ。

 オレはラグナの防護機能を最低限に抑え、その分の魔力を彼女へと注ぎ込む。防御を削る行為は危険だが、ここで進めなければすべてが止まる。


 氷壁に刻まれた新しい道は、まだ不安定で、踏み出すたびに軋むような音を立てた。それでも一行は、そこを進む以外に選択肢を持たなかった。

 背後では、風が雪を巻き上げ、あっという間に足跡を消していく。振り返れば、そこに道があった痕跡すら残らない。

 ——まるで、この地そのものが侵入者を拒むかのように。

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