第50話:残る響き
井戸端から少し離れた場所で、オレはひとり立ち尽くしていた。
村人たちが喜びに沸く声、その合間に水が流れる音が混じり合って、辺境の空気をやわらかく震わせている。
――これは、ただのイベントじゃない。
今まで、画面の向こうで見てきた“演出”だと思っていた光景が、現実の温度と湿り気を伴って目の前にある。
アリシアは、まだ井戸の縁に座ったまま、肩で息をしていた。
彼女の頬には、安堵と同時に、どこか自分を責めるような影が差している。
「……無理をさせたな」
ガルド・ハイラムが静かに声をかけると、彼女は小さく首を横に振った。
「必要なことでした。あのままでは……」
短く言葉を切り、井戸の水面を見つめるアリシアの横顔は、年齢に似合わぬ覚悟を帯びていた。
オレはそんな彼女に、声をかけようとして――やめた。
今、何を言えばいいのか分からなかった。
感謝でも、賞賛でも、きっと足りない。
水音が絶え間なく耳に届く。
それはこの地にとって命の証であり、オレにとっては、この世界の“現実”を突きつける響きだった。
ゲームデータの中で数値化された「水資源+○○%」などという表示は、ここには存在しない。
あるのは、渇きに苦しむ人々と、それを救おうとする意思だけだ。
――こんな現実を前にしてまで、オレは自分の筋書きに固執するのか?
胸の奥で、答えのない問いが静かに渦を巻いた。




