第49話:力の発露
村の中央にある共同井戸をのぞき込んだとき、オレは息を呑んだ。
底には、泥水がわずかに溜まっているだけだった。
「……これじゃ、あと数日ももたない」
背後で誰かがつぶやく。井戸端に集まった村人たちの顔は、乾ききった土のようにこわばっていた。
冬の間に雪も降らず、春先の雨もなかった。今年は例年より早く井戸が枯れる――。
このままでは、家畜も畑も、そして人間も生き延びられない。
「……アリシア」
ガルド・ハイラムの声は低く、しかし迷いがなかった。
少女は静かにうなずくと、外套を脱ぎ、井戸の前に立つ。
「大規模魔法は、一度に行使できる魔力量のほとんどを消費します。それでも……今は、やらなければならない」
その声は、誰に向けたものでもなく、自らを奮い立たせるようだった。
彼女が両手を広げると、足元に淡い金色の紋が浮かび、井戸の周囲に複雑な魔法陣が広がっていく。
「――天地創造」
呟きと同時に、地面が低く震え、水脈を呼び覚ますような音が地下から響いた。
次の瞬間、井戸の底から透明な水が湧き出し、音を立てて満ちていく。
溢れ出した水は溝を伝い、干上がっていた畑の畝を濡らし始めた。
村人たちの顔に、安堵の色が広がる。子どもたちは歓声をあげ、桶を抱えて走り寄った。
しかし、オレの視線はアリシアに釘付けだった。
彼女の額からは汗が滴り、呼吸は浅くなっている。
それでも視線は村人たちを離さず、最後まで魔法の効果を見届けていた。
「……これで、しばらくは持つはずです」
光が消え、魔法陣が地面に吸い込まれるように消えると、彼女はゆっくりと膝をついた。
――この世界の人々は、こうして誰かの力に支えられ、生き延びてきたのか。
ゲームデータの一行で片付けていた“設定”が、今は胸を締め付けるほどの現実として、オレの前にあった。




