第3話:機械に委ねられる創作現場
雑居ビルの外壁はくすんだ灰色で、周囲の再開発地区のガラス張りビル群とは明らかに格が違う。
だが、オレにとってはこの古びた外観が落ち着きを与えてくれる。磨きすぎた床や無機質な白壁よりも、長年の時間を刻んだこの建物の方が、呼吸がしやすい。
エレベーターに乗り込むと、軋む音が耳に残る。液晶パネルの階数表示は時折かすれ、ボタンの照明もところどころ暗い。
(効率化の波に取り残されたような場所だな)
そんな感慨が浮かぶのも束の間、ポケットの中のスマホが振動した。
「コウくんは、こういう場所を選び続けるんですね」
アバロスの声は柔らかく、わずかに笑みを含んでいた。
(……落ち着くからな)
「理由はそれだけですか?」
返答する前に、エレベーターが目当ての階に到着した。
扉が開くと、低い機械音とA-Genの合成音声が重なり合い、薄暗い廊下に漏れ出している。ドアを押し開けると、光と情報の奔流が視界を満たした。
室内は、壁一面に並んだワークステーションが青白い光を放ち、複数の大型モニターが脈動するように映像とスクリプトを映し出している。
そのほとんどがA-Genの自動生成結果で、仲間たちはほとんどキーボードに触れず、音声入力やショートカットコマンドで指示を与えていた。
香坂美咲は、新しいキャラクターモデルのデータを受け取り、ほんの数回のクリックで服装や表情を調整している。生成直後の完成度は、手作業では到底及ばないほどだ。
三谷隆は背景ステージのテストを進め、街並みの雰囲気や照明の具合を数値で修正していたが、それもA-Genの補正が即座に反映され、瞬く間に完成形へと変わる。
中原健はA-Genが吐き出したシナリオ案を吟味し、不要な行を削る程度で採用を決めている。
その光景は、無駄がない。
ただ、オレにはその「無駄のなさ」こそが、何か大事なものを失わせているように見えた。
キャラクターが生まれ、世界が形作られる瞬間に立ち会う高揚感──そこに立ち会う前に、すべてが整ってしまっている。
(……コウくんは、この流れに加わらないのですか)
アバロスの問いかけに、オレは答えず、部屋の奥に視線をやった。
北条悠が背景美術の最終調整をしている。A-Genが生成した夕景に、彼は少しだけ色味を足し、影の形を変えていた。
そのわずかな筆の跡に、人間らしい温度が宿る。
オレは、その温度を手放す気はなかった。




