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第2話:使わぬ誇り

制作現場は、都心の一角にある雑居ビルのワンフロアだ。

エレベーターの扉が開くと、すでにドアの向こうから低く響く電子音と、A-Genが発する合成音声の断片が波のように押し寄せてくる。

それはまるで、外界から切り離された別世界への入り口だった。


ドアを押し開けると、光が視界を満たす。壁際には複数のワークステーションが整然と並び、大型モニターが放つ青白い光が、昼間だというのに室内を夜のように染めている。画面にはリアルタイムで生成されるグラフィックやイベントスクリプトが、脈打つ心臓の鼓動のように次々と流れ、消えていく。


仲間たちはそれぞれの席に深く腰を下ろし、ほとんどキーボードを叩くことはない。

代わりに、音声入力や短いコマンドでA-Genに指示を送り、生成された成果物を一瞥し、承認か修正かを告げるだけだ。

モニター上で、背景の森が瞬く間に季節を変え、街並みが石畳から近未来都市へと滑らかに変貌していく。登場人物の服装も、髪型も、瞬時に刷新され、会話文さえも呼吸の間に生まれる。

人間の手が触れるのは、承認のクリックと、ほんのわずかな調整作業のみ。


「これで第三ステージも完了です」

背後から聞こえた同僚の声は、驚くほど淡々としていた。数年前なら三週間はかかっていた作業が、今では半日で終わる。それは効率という言葉の枠を超えた、時代の加速そのものだった。


……だが。


オレはドア脇に立ったまま、その光景を黙って見つめていた。

胸の奥に、微かなざらつきが広がっていく。

もちろん効率は魅力的だ。だが、あまりにも滑らかで、あまりにも欠落のない完成度が、なぜか息苦しく感じられる。

まるで、最初から正解だけを突き付けられる試験のように、そこには「間違える自由」がなかった。


(……それでも、コウくんはやらないんですね)


ポケットの中のアバロスが、低く問いかける。

その声には非難も呆れもなく、ただ興味だけが滲んでいた。


(ああ)

オレは心の中で答える。

(オレは、手で作りたい。時間をかけて、迷って、余計な道を選んで、そこでしか見つからない何かを掴みたい)


アバロスは少しだけ間を置き、「非効率は、必ずしも無駄とは限らない、ということですね」と静かに返した。

その言葉は、承認ボタンを押す乾いた音の中で、ひどく温かく響いた。


ふと視線を横にやると、三谷隆が背もたれに深く腰を預け、画面の生成結果を眺めながら腕を組んでいる。

「……悪くないけど、ちょっと整いすぎだな」

彼はそう呟くと、マウスを数回動かし、A-Genが作り出した背景の一部を手作業で塗り替え始めた。

そのわずかな筆の動きに、オレは息をつく。まだ、この場には人間の息遣いが残っている。


中原健は企画書のデータを抱え、机の間を縫うように歩き回っていた。彼はA-Genが生成したシナリオ案を取り込みつつも、自分のノートに細かく赤字を入れ、会議用の原稿に落とし込んでいる。

「零号機は、オレたちが作ったって胸を張れるもんじゃないと意味がないだろ」

その声に、美咲が笑いながら応じた。

「わかってるよ。でも今の時代、それって贅沢なんだよね」


笑い合う二人のやり取りを聞きながら、オレはデスクの端に腰を下ろした。

零号機──それは、オレたちが再び同じ旗の下に集まるきっかけになったプロジェクトだ。


AIが自律的に判断して操作するドローン全盛時代に、あえて人手で動かすアーマードスーツによる戦闘を軸とする試作ゲーム開発、それが「零号機」というネームの理由でもある。


A-Genが全盛の今、人間の手で一から作る作品など、採算や効率を考えれば無謀に近い。だが、それでもオレたちはこの挑戦を選んだ。


(コウくんは、どうしてそこまで)

アバロスの声が、ポケットの中から微かに揺れる。

(……誰に頼まれたわけでもない。けど、あの時の感触を、もう一度確かめたいんだ)

(感触?)

(キャラクターが初めて動いた瞬間。台詞が世界に馴染んだ瞬間。あの――血が通ったと思える感覚)


アバロスは短く沈黙し、やがて「興味深いですね」とだけ呟いた。その声色の奥に、ほんの一瞬だけ、別の何かを隠したような影が見えた。

気のせいかもしれない。それでも、オレはポケットに手をやり、アバロスのいる小さな画面をそっと押さえた。


部屋の隅では、北条悠が背景の光源を手動で調整している。A-Genの演算結果は正確無比だが、彼の描く夕景には、どこか懐かしい温度があった。

その色合いを見ていると、オレは改めて思う。

効率も精度も、この瞬間の温もりには敵わない――と。

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