第44話:疲弊した瞳
辺境の村に滞在して三日目の朝。
広場を歩くと、まだ夜明け前の冷たい空気が肌にまとわりつく。
吐く息が白く立ちのぼり、やがて淡く溶ける。
炊き出しの鍋からは、麦粥の匂いが漂っていた。
それは香ばしさよりも、かすかな焦げと鉄鍋の匂いが勝っていた。
村の女たちは手慣れた様子で配膳を続けているが、目の下には深い影が落ちている。
オレは列の最後尾に立つ老人と目が合った。
眼窩の奥で、瞳だけがかすかに光を宿していた。
けれど、その光は疲弊の色に覆われている。
まるで、かつて強く燃えていた炎が、煤に覆われて見えなくなっているかのようだった。
老人は短く会釈をし、粥の入った木椀を両手で抱えて去っていった。
背中は丸く、衣服の背縫いはほつれていた。
近くの水路脇では、痩せた青年が石を積み直していた。
声をかけると、青年は手を止めずに答える。
「……あと何日、これで保つか分からない」
その声は落ち着いていたが、感情を乗せる余力が削り取られているのがわかる。
ゲーム『ラグナ』では、この地域のNPCは口数少なく、一定の条件を満たせば“感謝の言葉”をくれるだけだった。
だが、目の前の彼は、誰が条件を満たそうと、感謝を口にする余裕すらない。
ここでの“生”は、毎日をつなぎ止めるだけで精一杯なのだ。
広場を離れた先の小道で、幼い姉弟が手をつないで歩いているのを見かけた。
姉の方が空の籠を抱え、弟は小さな袋をぶら下げている。
二人は笑っていた。
──その笑みが、痛かった。
笑うための理由がほとんどない土地で、それでも笑う。
それは強さなのか、諦めを超えた何かか。
オレは胸の奥に、微かなざわめきを覚える。
設定やシナリオに描かれなかった“現実”が、じわりと侵食してくる感覚。
「……だから、筋書きは要らない」
自分でも気づかぬうちに、そう呟いていた。




