第42話:荒廃の地
北方辺境領に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
冷たい風が頬を掠め、遠くの山肌にはまだらに雪が残る。だが、その冷たさよりも先に、鼻を刺したのは湿った土と煤の匂いだった。
馬車の窓から見える光景は、どこまでも色を失っている。
枯れた麦畑は刈り入れられたまま新しい種が撒かれず、畦道には腰まで伸びた雑草が風に揺れていた。屋根の板が剥がれたまま放置された家々。かつて交易で賑わったとされる村の面影は、すっかり褪せていた。
すれ違う領民の服は色褪せ、繕いの跡が何度も重なっている。誰もが目を伏せ、声を交わすこともない。
――生きるだけで精一杯、そんな表情だった。
オレは、この光景を“知って”いる。
かつて、ゲーム『ラグナ』のプランニング段階で、この辺境は「長年の重税と怠慢によって衰退した地域」という設定を自分で書き加えた。シナリオの一部にすぎず、テキストデータの数行で済ませた背景。
だが、こうして現実の空気として肌に触れ、視線を交わし、匂いを嗅ぐと、その設定はただの「文章」ではなくなる。
重税を課した歴代の辺境伯、上納を優先して領民を見捨てた行政、数十年放置された道路や橋や用水路……。そのツケが、この沈黙と、擦り切れた衣服と、痩せた顔に宿っている。
ここに生きる人々にとっては、“設定”でも“背景”でもなく、紛れもない日常の「痛み」なのだ。
かつてはイベントの起点として用意しただけの場所に、こうして立ち、見下ろす視線の先に、無数の物語が眠っていることを思い知らされる。
馬車の振動に合わせて、胸の奥に奇妙なざわめきが広がっていった。
ここで、既存のシナリオにも、AIが生成した筋書きにもない、新しい道を探す──そのための舞台が、いま目の前に広がっている。




