第41話:辺境の影
オートモビルが山あいの坂を越えると、視界の先に小さな砦が見えた。
灰色の石を積み上げた外壁は風雨で黒ずみ、城門の木板には幾重もの修理跡が残っている。周囲の森は濃く、空気は王都より一段冷たかった。
砦前の広場には、荷馬車を並べた商隊や、農具を担いだ村人たちが集まり、検問を受けていた。
鎧を着た兵士は皆、槍を立て、目つきは険しい。
王都で見かけた儀仗兵の整った姿とは違い、彼らは防寒具の上から鎧を重ね着し、泥にまみれた長靴を履いている。
門番のひとりが、オレの赴任証を手に取って確認すると、微妙な間を置いてから通行を許可した。
「……辺境伯殿、ようこそヴァルガルドへ」
その声音には歓迎よりも、どこか探るような響きがあった。
砦の内側は、石造りの建物が数棟と、粗末な木造家屋が寄り集まった小さな村だ。
井戸端では婦人たちが桶を抱え、怯えた目つきでこちらを見ては、すぐに視線を逸らす。
耳を澄ませば、「また出たらしい」「昨日も家畜がやられた」といった囁きが聞こえる。
何かが、この地の日常を静かに蝕んでいる。
夕刻、砦の執務室で簡単な引き継ぎを受けた。
前任の代官は疲れ切った顔で、地図上の一点を指差す。
「最近、東方国境近くの森で不可解な失踪が相次いでいます。兵も何人か戻らず……村人たちは“影の獣”と呼んでおりますが、正体は不明です」
王都からの正式な命令は「領内治安の監督と防備の強化」――つまり、反乱や外敵の芽を早期に摘むことだ。
だが、目の前の現実はそれ以上に厄介そうだった。
砦の窓から外を見ると、陽は既に沈み、森の向こうから冷たい風が吹き込んでくる。
遠くで狼の遠吠えのような声が響き、村人の一人が慌てて戸を閉めるのが見えた。
――辺境は静かだが、静けさの奥に牙を隠している。
この地で、どんなシナリオが待っているのか。
ゲームのプランナーとしての自分も、プレイヤーとしての自分も、まだその答えを知らなかった。




